実際、俺は、偽の瞬に同情心を抱くことは、それ以降も一度もなかった。
翌日以降も 俺が偽の瞬と行動を共にしたのは、まるで俺の記憶を読めるテレパシストのように、彼が 俺自身も忘れかけていた瞬との思い出の場所に俺を連れていってくれるからだった。
そして、かわいそうな境遇にある頭のいい子供の常として、偽の瞬は人の好悪の感情を感じ取る術に長けていた。
散々 俺を不愉快な気分にさせておいて、俺が堪忍袋の緒を切りそうになると、瞬の話を持ち出して彼は俺の怒りを萎えさせた。


「君はなぜ私に構うんだ」
「あなたが薔薇だから」
ほう。
この子は、自分が棘のある薔薇だから薔薇を好きなわけじゃなかったのか。
それは意外だ。
「おかしな子だ。私は社会的には世捨て人のようなもので、君に何かを与えられる人間ではない」
「あなた、自分の価値に気付いてないんだね。街中でも、公園でも、植物園でも、すれ違う人たちの誰もがあなたを見てるのに気付いてないの」
「それは昔からだ」
俺は、ガキの頃から、仲間たちといる時以外は、いつも異質な異端者だった。

「あなた、綺麗なだけじゃなく、ものすごい雰囲気を持ってるんだよ。女なら誰でもくらくらしそう」
「君は女性ではないだろう」
「あなたの瞬もね。でも、それってすごいことじゃない? あなたの瞬は、あなたのその外見や雰囲気にくらくらして あなたを好きになったわけじゃないんだ。ね、あなたは自分のどこが あなたの瞬の心を惹きつけたチャームポイントだと思ってるの?」
俺の捨て身の強引なアプローチに瞬が音を上げたのだと、本当のことは言えない。
俺は意味ありげな笑みを作って、偽の瞬を煙に巻くしかなかった。


ともあれ、そんなふうに俺は 毎日、偽の瞬に付き合わされ、振り回され続けていた。
傍からは、偽の瞬の方が俺のあとを追いかけているように見えていたかもしれないが、実情はそう。
俺の瞬が生きていた頃、俺たちの“お付き合い”はどんなだったろうと記憶の糸を辿り、当時は俺の方から尻尾を振って瞬を追いかけまわしていたことを思い出し、俺は苦笑した。
そんなふうに――日本で 瞬の思い出に浸るつもりだったのに、俺の予定は すっかり妙な方向にずれてしまっていた。






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