翌日 正午、アテナ神殿 玉座の間。
アテナの聖闘士たちの前に披露されたのは、昨夜 氷河と紫龍が目撃した あのあみだくじだった。
B4サイズの紙に、縦に10本の線、その縦線をつなぐ幾本もの横線が描かれている、あのあみだくじ。
昨夜と様子が違うのは、くじの最下部、つまり各宮の名が記されているゴール部分に黒い個人情報保護シールが貼られていることのみ。
『この勝負、勝ったも同然』と、女神アテナお手製のあみだくじを見た瞬間、氷河と紫龍は自らの勝利を確信したのである。
だが。

だが、運命は彼等の味方ではなかった。
味方ではなかったことを、氷河と紫龍は思い知ったのである。
お手製あみだくじを、彼女の聖闘士たちの前に披露した沙織が、
「じゃ、くじを開始する前に、このあみだくじに、あなた方で1本ずつ横線を書き足してちょうだい」
と言い出した時に。
「へっ」
「な……なぜ そんなことを――」
「あら。だって、自分の運命を決めるのに、自分の力が全く関与していないなんて、嫌でしょう」
「う……」

どうやら それは、大仰な肩書きがないために自由を享受できている青銅聖闘士を 無理矢理 黄金聖闘士などという面倒なものにしようとしている女神からの、ささやかな思い遣りであるらしい。
決して優しくないわけではないのだが、それ以上に 女神としての毅然、果敢、断固とした意思を旨としている沙織にしては、それは なかなかに珍しい思い遣りの示し方だった。
が。
小さな親切、大きな お世話。
沙織が示す思い遣りは、今の氷河と紫龍には 死刑宣告と大差ないものだったのである。

瞬にペンを渡された瞬が、これは いつも通りの優しさで、
「あ、三つ選ばなきゃならない氷河か紫龍からどうぞ。僕は最後でいいよ」
と言って、沙織から渡されたペンを氷河に手渡してくる。
昨夜 このあみだくじを盗み見た時に記憶に留めるべきだったのは、どの線を選べば目的の宮に辿り着くことができるのかということではなく、ゴールに書かれている宮の並び順だったのだということに、氷河と紫龍は今になって気付いた。
もちろん、今になって そんなことに気付いても、すべては後の祭りである。
近代的な照明のないアテナ神殿 玉座の間で、小さなペンライトの灯ひとつで あみだくじの全体像を確認することは、彼等には ほぼ不可能だった。
そして、それでも、問題のくじのゴールの並びが黄道十二宮順になっていなかったことだけは、氷河も紫龍も気付いていたのである。

全身から血の気の引いた氷河が、そして紫龍が、震える手で あみだくじに1本の横線を書き加える。
星矢が、更に1本の線を気楽そうに書き足し、次に 瞬が丁寧に最後の1本を書き加え――そうして4人の青銅聖闘士たちの運命を決める あみだくじは完成したのである。
4人の青銅聖闘士たちの運命を決めるはずのあみだくじは、4人の青銅聖闘士たちの手で4本の線が書き加えられたことによって、氷河と紫龍の運命を変えるあみだくじになってしまっていた。

「僕は、この10本の中から2本だけ自分の線を選べばいいんですね」
瞬に確認を入れられた沙織が、一瞬 不思議そうな目を瞬に向ける。
彼女は、だが すぐに、
「ええ、そうよ」
と言って、瞬に頷き返した。
「じゃあ、僕は こことここ」
しばし考え込んでから、10本の線の中の2つに、『瞬』の文字を書き入れた瞬が、手にしていたペンを星矢に渡す。
瞬と同様に、星矢が『星』を2つ、紫龍が『龍』を3つ書き入れ、残りの3つが自動的に『氷』ということになった。

10本 すべての線が埋まると、沙織が もったいぶった仰々しい所作で ゴール部分に貼られていた個人情報保護シールを取り除く。
青銅聖闘士たちの運命を決する あみだくじ。
「あーみだっくじー、あーみだっくじー、どれにしようか、あーみだっくっじー」
あみだくじの歌を歌いながら 4人の運命の道を楽しそうに辿り始めたのは、自分の運命など その岐路や試練に出会った時に急遽 対応を考えればいいと考えている、よく言えば臨機応変、悪く言えば 行き当たりばったりの出たとこ勝負を座右の銘にしている天馬座の聖闘士だった。
のんきな星矢が のんきに歌う歌が、氷河と紫龍の耳には葬送行進曲に聞こえていた。
つらく厳しい幾多の戦いを経験することによって養われた戦士の勘で、星矢がゴールに辿り着く前に、氷河と紫龍は既に己れの運命を感じ取っていたのである。

1巡目。
1番目の『星』マークのゴールは山羊座だった。
それは、予定では紫龍が手に入れるはずの宮だったのだが、大本命の天秤座を取られたわけではないので、紫龍は軽い渋面を作るだけで済んだ。

次に、『瞬』マークの1番目が蠍座に到着。
それは、予定では氷河が手に入れるはずの宮だったのだが、大本命の水瓶座を取られたわけではないので、氷河も軽い渋面を作るだけで済んだ。

『氷』マークの1番目が示した先は双子座で、氷河の頬が僅かに青ざめる。
『龍』マークの1番目が行き着いたのは獅子座で、氷河同様 紫龍の頬からも少し血の気が引いていった。

2巡目。
2番目の『星』マークが天秤座に到着すると、
「うわあぁぁぁ〜っ!」
紫龍は低い地鳴りのような雄叫びを上げることになった。
そして、『瞬』マークの2番目が水瓶座に至る。
「ばっ……馬鹿な……!」
己れの運命に抗議する氷河の声は、怒声、悲鳴、雄叫びというより、断末魔の声も出なくなった半死人の呻き声に似ていた。

『氷』マークの2番目は牡牛座、『龍』マークの2番目は牡羊座につながっていたが、そんなことに何の意味があるというのか。
3巡目で、氷河が蟹座、紫龍が射手座に辿り着いたことは、なおさら どんな意味も有していなかった。

ともあれ、そういう経緯で、青銅聖闘士4人の担当する宮は無事に(?)決まったのである。
星矢が、天秤座と山羊座。
瞬が水瓶座と蠍座。
氷河が双子座、牡牛座、蟹座。
紫龍が獅子座、牡羊座、射手座。
これも運命の成せるわざなのか、青銅聖闘士たちは 見事に、その誕生日とも因縁とも無関係な星座ばかりを引き当てていた。






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