「瞬、残念だったな。水瓶座と蠍座じゃ、どっちも角がない。せいぜい 蠍の尻尾で遊べるくらいか。おまえ、昔っから、ほんとに くじ運ないから……。ま、あんまり気を落とすなよ」 星矢が そう言って瞬を慰めることになったのは、水瓶座と蠍座を引き当てた瞬が あまり嬉しそうな顔をしていなかったから――むしろ、この結末に呆然としているように見えたから――だった。 町内会の福引大会で 残念賞のポケットティッシュしかもらえなくても、いつも にこにこしている瞬が、決して悲しんでいるようでもないのだが、喜んでいるようにも見えない。 望んでいたものを手に入れることができなかったなら、代わりに自分が手に入れたものの美点や価値を見付け、受け入れる――。 瞬の そういう行動に慣れていた星矢は、事が望み通りに進まなかったくらいのことで、素直に(?)落ち込み沈んでいる瞬の様子が、奇異に感じられたのだ。 「あ、うん。大丈夫だよ。星矢はよかったね。武器がいっぱいある天秤座と角のある山羊座。トリプルロッドで遊べるよ」 「おまえにも時々 貸してやるから、元気出せって」 「うん。ありがとう」 笑顔は作ってくれるのだが、その瞳は いつもほどには明るく輝いておらず、声にも抑揚がない。 いったい瞬は、水瓶座と蠍座の黄金聖闘士になることの何が そんなにつらいのか。 星矢には、その訳がわからなかったのである。 もともと 是が非でもなりたいと思っていたわけでもない黄金聖闘士。 ならば、どれが当たろうと大差はない。 たまたま くじで引き当ててしまった水瓶座の黄金聖衣や蠍座の黄金聖衣に、瞬が落ち込み沈む必要などないはずなのである。 「なあ……まじで どうかしたのか? おまえ、ほんとに元気ないぞ」 そう言って、いつもと様子の違う仲間の顔を、星矢が覗き込もうとした時だった。 「瞬!」 仲間の気鬱を案じる星矢の肩を突き飛ばして瞬の前に立った氷河が、瞬の両手を掴み、しっかりと握りしめたのは。 「瞬、おまえは俺を好きだな?」 「え? あ、うん……」 「なら、俺の頼みをきいてくれ。俺の牡牛座とおまえの水瓶座を交換してくれ。交換してれたら、今夜、おまえの言うことを何でもきいてやる。おまえのしてほしいことを何でもしてやるぞ」 「交換……?」 「いや、今夜だけでなく、今夜から未来永劫、俺はおまえの奴隷になって、おまえに奉仕し続けてやる。だから水瓶座の黄金聖衣を俺にくれ。な、いいだろう?」 提示する条件の内容の是非はともかくとして、瞬の両手を握りしめ黄金聖衣の交換を求める氷河の表情は、まさに“必死”。 この願いが聞き届けられなければ、もはや我が人生に未来はない――と言わんばかりの決死の形相である。 氷河が 瞬の手を握りしめる以上のスキンシップに及ぼうとしないのは、その場に沙織がいることを、かろうじて氷河が意識しているからのようだった。 沙織が居合わせていなかったなら、そのまま その場に瞬を押し倒しかねない勢いの氷河に、星矢は思い切り立腹してしまったのである。 瞬を心配する仲間を卓上のゴミを払いのけるように突き飛ばしたことはともかく、瞬の様子がいつもと違うのに、自分の望みの実現することにしか意識が向いていないような氷河に。 そして、いつもなら こういう時、困ったような微笑を浮かべつつ、それでもしっかりと氷河をたしなめ仲間の立つ瀬・立場を守ろうとする瞬が、今日に限って いかなる行動も起こさず、ただただ戸惑い混乱しているように見えることを、星矢は訝った。 言うべき言葉も思いつけずにいるようだった瞬が 口を開いたのは、それから少なくとも2分以上の時間が経過してから。 「ぼ……僕は構わないけど、氷河はそれでいいの?」 瞬は、瞳を不安げに揺らして、氷河に そう尋ねた。 「なに?」 問われた氷河は、瞬が なぜそんなことを訊いてくるのかが わからなかったようだった。 それはそうだろう。 水瓶座の黄金聖闘士の弟子が、師の形見でもある黄金聖衣を余人の手に渡したくないと考えるのは、至極当然のこと。 にもかかわらず、瞬の問いかけは、その“当然のこと”を当然と思っていないから発せられる問いかけだったのだ。 おまえはなぜ、その“当然のこと”を当然と思わないのか。 氷河は瞬に そう反問しようとした――おそらく。 だが、氷河は その反問を瞬に投げかけることはできなかったのである。 氷河同様 窮地に追い詰められていた紫龍が、 「色仕掛けとは卑怯な」 と、氷河のやりようを非難しつつ、彼の行動を開始したために。 「星矢、俺の射手座とおまえの天秤座を交換しよう。交換してくれたら、牛丼を10杯おごる。今の氷河の無礼を詫びる意味で、うまい棒めんたいこ味100本もつけよう」 「えっ。牛丼と うまい棒?」 色仕掛けは卑怯で、食い物で釣ることは卑怯ではないのか。 氷河としては、そう突っ込みたいところだったろう。 実際 彼はそう言って紫龍の卑劣をなじろうとしたようだった。 「交換はだめよ。神聖なくじで決まったことを 覆すわけにはいかないわ」 という沙織の言葉によって、氷河は それどころではなくなってしまったが。 「アテナ……! しかし、俺たちには俺たちの都合というものがあるんだ!」 「都合? あなたは瞬が宝瓶宮の主になることに、何か不都合があると言うの? 瞬では力不足だとでも?」 「そ……そんなことは、死んでも思わないが……」 「でしょうね」 しどろもどろの氷河の返答に、沙織が にこやか かつ冷酷に頷く。 氷河は、人類への慈愛に満ち満ちている(はずの)アテナの冷酷に、一瞬 ひるむことになった。 ここで、『水瓶座の黄金聖衣を受け継ぎ損なった不肖の弟子の枕元で 夜な夜な嫌味や泣き言を繰り返すだろう師が恐いのだ』などと本当のことを言ってしまったら、アテナは彼女の聖闘士の臆病を腹の底から笑い飛ばすだろう。 だから、氷河は彼の女神の前で黙り込むしかなかったのである。 それは、紫龍も同様。 そんな二人に、アテナは、雄々しく断固とした口調で、 「くじ引きの結果は神聖なものなのよ。異議は受け付けません」 と言い切った。 氷河と紫龍にしてみれば、まさに万事休す、である。 その時、氷河と紫龍の脳裏には浮かんだのは、なぜか 双子座ジェミニのサガの姿だった。 もしかしたら、彼は本当は 立派な角のある牡牛座の黄金聖闘士になりたかったのかもしれない。 だが、その希望を それゆえ すっかり気持ちが やさぐれて、アテナへの謀反を企むことになったのかもしれない――。 氷河と紫龍は、そんなことを考えていたのである。 もしそうだったなら、そして 自分たちがサガの謀反の決意の場に居合わせていたなら、自分たちもサガの謀反に同調してしまっていたかもしれない――と。 いずれにしても、アテナの断は下されたのだ。 氷河と紫龍は口をつぐむしかなかった。 静かになった青銅聖闘士たちに、アテナが 今日いちばんの笑顔を向けてくる。 「ところで、私から もう一つ、あなた方にサプライズ・プレゼントがあるのだけど」 「これ以上のサプライズはいりません」 すっかり やさぐれてしまった氷河と紫龍は、彼等の女神の厚意を丁重に断ったのだが、そんなことで 与えると決めたプレゼントを引っ込めるアテナではない。 アテナは もちろん、彼女が用意していたサプライズ・プレゼントを、彼女の聖闘士たちに華麗に(有無をいわせず)披露してみせたのである。 「そんな つれないことを言うものじゃないわ。これを見たら、あなた方も きっと欣喜雀躍・狂喜乱舞することになるでしょうから」 そう言いながら、アテナ神殿 玉座の間の玉座の後ろに掛かっていたビロードの緞帳を一気に引き上げることによって。 |