「やけに優しいじゃないか」
闘技場の中央から見学席の方に戻ってきた氷河に、紫龍が意味ありげな笑みを浮かべつつ 声をかける。
らしくないことをしでかした氷河をからかうつもりだった紫龍は、
「瞬は健気で可愛い」
という、氷河の真面目な(?)答えに ぎょっとすることになった。
凍気を浴びせかけられたわけでもないのに、顔が凍ったように引きつる。
「氷河、おまえ、何を言い出したんだ。正気か」
『多分 正気ではない』という答えを期待して 紫龍は尋ねたのに、瞬の真面目病が伝染ったらしい氷河の反応は極めて真面目なものだった。

「多分、正気だ。瞬は、不遇な子供たちを救うことで 兄への恩に報いたいと言っていたが、俺は、マーマを救えなかった悔いを、瞬を守ることで償えるような気がするんだ」
「マーマを救えなかった悔いをね……」
「『マーマ』が気に入らないのなら、『母』と言い直すぞ」
「俺の突っ込みポイントはそこじゃなかったんだが、まあ、気持ちはわかる。確かに瞬は健気だな」
いつも星矢と じゃれ合っている瞬を無言で見詰めてばかりいた氷河が、そんなことを考えていたとは。
氷河のむっつり助平振りに呆れながら、しかし、紫龍は、そんな自分自身もまた瞬に感化されつつあることには気付いていた。
「健気で、一生懸命で――瞬を見ていると、生き延びるため、衣食住が保障されているから ここにいるなんて堂々と言っていた自分が恥ずかしくなる」
今も星矢とじゃれ合っている瞬を眺めながら そう呟き、そんなことを呟く自分に紫龍は驚いていた。


氷河に、そして変わってしまった自分自身に紫龍が驚いている時、実は 星矢もまた瞬に驚かされていた。
「肩すかしと言えば肩すかしだったけど、氷河に不戦敗 食らわせるなんて、おまえ、やるじゃん」
考えようによっては、見応えのあるバトルだったかもしれない。
そう言うつもりで告げた星矢の言葉に、瞬は、
「氷河って、優しい……」
という呟きを返してきたのだ。
「氷河が優しいーっ !? 」
オウム返しに奇声を響かせた星矢に、瞬が大真面目な顔で頷く。
そんな瞬の様子に、星矢は にわかに激しい頭痛を覚えることになったのである。
星矢には、瞬が何か とんでもない誤解をしているのだとしか思えなかった。

「あいつ、マーマ以外の人間には興味ない男だぞ。誰にでも投げ遣りで、いつも詰まんなさそうな顔してて」
「そんなことないよ。僕には優しいし――星矢たちといる時も楽しそうにしてるよ」
「楽しそうも何も、俺は 氷河が笑ってるの見たことないぞ」
「それは、星矢が氷河をよく見てないからだよ。表情には出さないだけで、氷河の目はいつも優しいよ」
「俺が氷河を よく見てないって、じゃあ、おまえは氷河をよく見てんのかよ」
「そ……それは、だって、氷河が いつも僕を見てるから……」
「氷河が、いつもおまえをー !? 」
反問された瞬が、僅かに頬を上気させる。
星矢は、今度こそ、心の底から あっけにとられてしまったのである。
これまでほとんど口もきかずにいた二人が、いったい いつのまに そんなことになっていたのか。
経過に気付かず、結果だけを突きつけられた格好の星矢に 今できることは、『目は口ほどにものを言う』という俗諺を思い出すことだけだった。






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