紫龍たちの推察通り、聖域からパライストラに対してトーナメント開催の指示が出たのは、それから僅か3日後のことだった。 トーナメント開催は3年振り、しかも、現在 学園には空位の聖衣が4つ。 4つの聖衣すべての保有資格者が出るとは限らないが、その可能性は大いにある。 各教科の指導者たちの意見は聞くらしいが、その実 学園長の独断で決定されるらしいトーナメント参加者の名前が発表されると、学園内は蜂の巣を突ついたような騒ぎになった。 参加資格者16名の中に、氷河に不戦勝という輝かしい戦歴はあるものの、他の誰にも勝てたことのない瞬の名があり、しかも その初戦の相手が星矢だったのだ。 瞬の小宇宙を感じ取ることのできない実力下位レベルの者たちは、これは一種の見せしめか虐待なのではないかと 瞬に同情し、瞬の小宇宙を感じ取ることはできるが その質や大きさ強さを見極められない中上級者レベルの者たちは、実力が拮抗する生徒の中から最後の一人を選びあぐねた学園長が 学園内に波風を立てないために、あるいはヤケになって、瞬を選んだのではないかと勘繰ることになった。 いずれにしても、初戦の相手が星矢なのでは、瞬の敗北は必至。 やるだけ無駄な一戦だと、学園内の皆が思っていた。 学園内で そう思っていなかったのは もしかしたら、トーナメント表を作った学園長と、優勝候補最右翼の三人だけだったかもしれない。 そして、学園在籍 僅か1ヶ月足らずの者が聖闘士候補に選ばれたことに最も困惑していたのは、学園長に選ばれた瞬当人だった。 「僕……聖闘士にはなりたいけど、こんなに早く、みんなを差し置いては――」 およそ聖闘士らしくない態度で ためらい もじもじしている瞬に、彼の初戦対戦相手の星矢が短く嘆息する。 そうしてから、実に あっけらかんとした口調で、星矢は逃げ腰気味の瞬に発破をかけた。 「アテナの聖闘士になって、この地上から 戦争や理不尽な暴力のせいで不幸になる子供たちをなくすために努めるのは、少しでも早い方がいいじゃないか。学園長の選択は 滅茶苦茶 順当で妥当だろ。順当すぎて面白みがないくらいだ。おまえが選ばれたことに納得できないでいる奴等は、おまえの力を見極められない未熟者で、まあ、少なくとも現段階では聖闘士になるには力量不足な奴等だ」 「星矢、おまえは順当と言うが、これは どう考えても学園長のミスだろう。トーナメントの初戦でおまえと瞬の対決というのは。俺なら、準決勝に俺たち四人が揃って勝ちあがるように、瞬を第4シードに入れるぞ。聖衣が一つしかなくて、いちばん強い生徒を決めればいい場合と違って、今 この学園には聖衣が4つ――女子用のアンドロメダの聖衣は除くにしても3つはあるんだ」 「んなこと ねーだろ。瞬は弱い奴とは まともに戦えねーんだから。瞬。俺が相手なら、おまえ、真面目に戦ってくれるだろ? 俺は氷河と違ってクールだから、手加減しねーぞ」 星矢の中での氷河の立ち位置は、“学園で最も寡黙かつクールな男”から“可愛子ちゃんに とち狂った学園一の甘ちゃん”に格下げされていた。 その件に関しては、氷河は何も感じていないようだったが、瞬の初戦の対戦相手が星矢だということについては、彼は大いに不満を抱き、(主に瞬の身を)案じているようだった。 そんな氷河の視線を感じ取ったらしい瞬が、氷河の瞳を 心細げに すがるような目で見詰める。 言葉はなく、互いに互いを見詰め合い、視線で語り合っているような二人の様子に、星矢はなぜか いらいらしてきてしまったのである。 言いたいことがあるなら、隠したり沈黙したりせず はっきり言葉を用いて訴えるなり、拳を交わし合うなりすればいいのだ。 そうすることによって、人と人は真に理解し合ことができる。 それが星矢の信条だった。 「いちゃつくなら、人目のないとこで いちゃつきやがれ。俺は氷河みたいに優しくないから、初手から手加減なしの本気でいくぞ」 「うん……ありがとう、星矢」 瞬は、ライバルの そんな言葉をすら 優しさと解する。 仲間の優しさに礼を言ってくる瞬に、星矢は『だから、俺は優しくないんだって』と反駁しかけ、結局 そうするのをやめた。 誰が優しくて、誰が優しくないのか。 何が優しさで、何が優しさでないのか。 そんなことは、戦いを目前に控えた今は どうでもいいことなのだ。 戦闘能力はともかく、瞬の小宇宙が 強大なものであることは事実である。 瞬は、自身の小宇宙を抑え隠そうとするきらいがあるが、それなりの力を持ち、氷河のように不戦敗を喫するつもりのない者が相手なら、瞬も そんな悠長なことはしていられないだろう。 星矢は、手加減などせず、真面目に戦うつもりだった。 トーナメント当日、そして 星矢は、その決意を実行に移したのである。 勝負は3分弱でついた。 |