その違和感を、瞬はなかなか拭い去ることができなかった。
この違和感は、今日 初めて感じるものではないような気がする――。
「瞬、どうかしたのか?」
カフェを出て 駐車場に向かう道すがら、学友の様子が いつもと違うことに気付いたらしい星矢が、瞬の顔を覗き込んでくる。
瞬は、前方を行く氷河と紫龍に聞こえないように小さな声で、自分の感じた違和感を友人に語ってみたのだった。

「以前は……僕が兄様を守ってあげるって言うと、兄様は いつも僕を抱きしめ返してくれて、僕の髪を撫でてくれて……。僕、兄様にそうしてもらうのが大好きだったんだけど、最近、兄様は そうしてくれないの」
「おまえ、なに寝惚けたこと言ってんだ? それは初等科中等科の頃の話だろ。おまえ、自分の歳、わかってんのか? 大学生なんだぞ、ダイガクセー。さすがに この歳になったら、氷河だって、どうせ抱きしめるなら、おまえよりは本物のオンナノコの方がいいだろ」
「氷河兄様は、そんな ふしだらなことはしません!」
いったい星矢は何を言い出したのか。
余人なら いざ知らず、あの兄がオンナノコなどに興味を持つはずがない。
星矢の下卑た邪推に、瞬は完全に本気で腹を立てた。

「ふしだらって、おまえ……」
瞬の立腹が 振りでも冗談でもないことを見てとった星矢が、蝶々とトンボの区別もついていない子供を見るような目を、瞬に向けてくる。
「焼きもち焼いてるみたいだから やめろよ、んなこと言うの」
「や……焼きもちなんかじゃないよ! 氷河兄様が 正式に奥方を迎えることになったら、そのひとには、僕だってちゃんと――」

ちゃんと、どうするのだろう?
その人を、ちゃんと『お義姉様』と呼び、これまで兄と二人きりで過ごしてきた時間を その人に譲り渡し、二人が外出する時には たった一人で兄の帰りを家で待つのだろうか。
その時には もう、兄は弟の許に帰ってくるのではないというのに。
兄はもう 弟に守られるものではなくなり、彼自身が守るべきものを持つ人になるというのに。

「僕、いつかは兄様を誰かに取られるの……」
胸が痛い。
瞬には、兄を守ることができなくなった自分の姿を想像することができなかった。






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