「融通がきかない奴だとは思ってたけど、こんなに使えねー男だったなんて! 俺、美穂ちゃんに恩を売るつもりでいたのに、逆に借りを作っちまったじゃないか! どーしてくれるんだよ!」 大きな怒声をあげながら、乱暴な足取りで 星矢が城戸邸ラウンジに入ってきたのは、ある秋の日の夕方。 各種メディアが毎日のように紅葉情報を発信するようになった、行楽の秋たけなわの ある日のことだった。 星矢の怒声を正面から受けとめることになった瞬は、最初、自分が星矢を怒らせるような何事かをしてしまったのかと、慌ててしまったのである。 星矢に数歩遅れて 氷河がラウンジに入ってきたので、どうやら星矢の立腹の相手が自分ではないらしいことには、すぐ気付いたのだが。 「星矢、どうしたの。そんな大声を張り上げて」 腹を立てている人間が 怒声をあげるのは、自分の腹の中の怒りを外に吐き出すためである。 どうかしたのかと瞬に問われた星矢は、渡りに船とばかりに、早速 彼の立腹の訳を瞬に訴えてきた。 「瞬、聞いてくれよ! 今日、合コンがあったんだよ、出会いの場が少ない養護施設職員救済合コン! 男女雇用機会均等法がどうこうって言ったって、そういうとこで実際に働いてる指導員や保育士って女の子が多いだろ。それで男性メンバー集められなくて難儀してた美穂ちゃんに、誰か適当なオトコはいないかって 相談 持ちかけられてさ。俺、美穂ちゃんに恩を売っとく いい機会だと思って、青銅聖闘士一のイケメンを貸し出してやるって約束したわけ」 「それで、氷河を貸し出したの?」 氷河の面立ちを『イケメン』などという新造語で表していいものだろうかという気はしたのだが、瞬は その件には あえて言及しなかった。 星矢に反問してから、瞬は、不適切なのは むしろ『貸し出した』という動詞の方なのかもしれないと、胸中で自身の発言を反省したのである。 瞬の胸中の煩悶になど気付いた様子もなく、星矢が 口をとがらせて、瞬に頷いてくる。 「ああ。こいつ、顔だけはいいから。他に使い道もない男だし、たまには人様の役に立つのもいいだろうって思ったんだよ。確かに、合コンだって知らせずに、アテナの命令だって嘘ついて合コン会場に行かせたのは悪かったと思うけど、そんなの可愛い冗談じゃん。女の子が8人、オトコが7人いるイタリアンレストランの個室に放り込まれたら、普通、事情は察するだろ。空気 読んで、それなりの対応するもんじゃん。なのに、みんなが打ち解け合ってナカヨクしようとしてるとこで、最初から最後まで 一言も口をきかなかったって、どうなんだよ。人間社会に生きている人間の一人として問題ありすぎだろ!」 「……」 普通の合コン出席者は そうかもしれないが、そもそも そういう状況は“普通”だろうか。 アテナの命令と偽って 仲間を合コン会場に送り込むのは、あまり普通なことではないし、それが合コンだと知らせずに合コンの席に着かせるのがアテナの聖闘士であるということも、かなり普通ではない。 しかも、そのアテナの聖闘士が よりにもよって氷河なのは、完全に“普通”を逸脱している。 氷河に『空気を読め』というのも無理難題だと思うが、合コン会場で全く空気を読まずに一言も口をきかなかったという氷河も、さすがに 我が道を行く剛の者。 それは何もかもが普通でない事態だった。 「一言も口をきかなかったの? ほんとに?」 「ああ、一言も! 名前さえ名乗らなかったってよ。敵さんと戦う時には 大仰にカッコつけて名乗りをあげるくせに、罪のない善男善女には名前も名乗らないなんて おかしいだろ! つーか、失礼だろ!」 他の出席者が全員 名を名乗ったのであれば、確かに氷河の態度は あまり好ましいものではない。 なにより、その会合の幹事を務めていたらしい美穂ちゃんが困ってしまっただろうと、瞬は彼女に同情を覚えた。 「それは、さすがにちょっと……。合コンって、要するに初対面の人たちの親睦会なんでしょう? 親睦会に行ったのなら、親睦を深めるべきだよねぇ」 「え? 親睦会? ああ、まあ、そんなもんか。つーか、おまえもちょっと世間知らずだよな。すこーし、世間の常識から ずれてるっていうか何ていうか」 「そんなことはないと思うけど……。星矢は知ってるの? 世間とか、合コンとか」 「馬鹿にすんなよ。知ってるから、顔がよけりゃ 氷河みたいなんでも どうにかなるだろうって思って、こいつを貸し出してやったんじゃないか。そりゃ、俺自身は、そんなのに参加したことはないし、参加したいとも思わないけどさ」 星矢が、少し機嫌を損ねたような顔になる。 そうしてから 彼は、とある重要な事実に気付いたようだった。 星矢が気付いた重要な事実というのは、つまり、 「そーいや、美穂ちゃん、合コンの人数が足りなかったんなら、俺に頼めばいいのに、なんで俺に頼まなかったんだ?」 という事実。 不思議そうに首をかしげる星矢を見て、瞬はむしろ、なぜ今になって 星矢は そんなことに疑念を抱くのかと訝ることになったのである。 自分が合コンへの参加を頼まれないことを当然のことと思ったからこそ、星矢は氷河を貸し出すことを考えたのではなかったのか。 ――と指摘するのも心苦しくて、曖昧な笑みを浮かべる。 そんな瞬の気持ちを代弁してくれたのは、ラウンジの窓際に置かれた肘掛け椅子に腰掛けて、某国大統領夫人が出版した家庭菜園本を読んでいた紫龍だった。 「そんな席に おまえを呼んでも、おまえは 料理とばかり親睦を深めるだろうと思われたのではないか?」 それは、瞬の推察と100パーセント合致した見解。 事実もそうだったのだろうと思える推察だった。 とはいえ それは、どう考えても褒め言葉ではない。 星矢は気を悪くするのではないかと、瞬は案じたのだが、その推察は大外れ。 星矢は、それが“普通”のことであるかのように、実に堂々と、 「そんなの当然じゃん。腹が減っては戦はできぬ。すべては腹を満たしてからの話だろ」 と応じてくれたのだった。 言うべき言葉を思いつけなくて、瞬は黙り込んでしまったのである。 親睦会は 食事会ではない(多分)。 少なくとも、空腹を満たすことは、その集会のメインの目的ではない(はずだった)。 だが、人の考え方は人それぞれである。 そういう考え方もあるだろうと、瞬は なんとか気を取り直した。 「そういう意味では、氷河より 紫龍を推薦した方がよかったかもしれないね」 紫龍なら、そういう場でも ちゃんと名を名乗るだろうし、度を超して料理にだけ執着することもしないだろう。 そう考えて瞬は言ったのだが、星矢は瞬の発言に 大きく横に首を振った。 「だめだめ。紫龍はさ、その長い髪が女の子に嫌がられるんだよ。女の子からしたら、オトコが むやみやたらに長く髪伸ばしてるのって、やっぱ 不気味じゃん。女の子だって、そこまで長い髪してる子は滅多にいないのに」 星矢が口にした『不気味』という言葉に、紫龍は少々 気分を害したようだった。 僅かに――それこそ、光速の拳を見切ることのできる聖闘士でなければ見てとれないほど僅かに――唇の端を引きつらせる。 だが、紫龍は すぐに その表情を消し去り、軽い苦笑を浮かべた。 女の子より長い髪のおかげで そんな会合に出席せずに済んだのなら、それは特段 憤るようなことではないと、紫龍は思い直したらしい。 そんな紫龍の推薦人物は、アンドロメダ座の聖闘士だった。 「やはり最も適任なのは瞬だったのではないか? 瞬なら、誰とでも 平和的かつ友好的に交流することができるだろう」 紫龍の推薦人物は、しかし、再び 星矢によって言下に却下された。 「瞬なんか、最悪! 女が男を掴まえに来てる合コンで、女より可愛い男がいたら、ろくなことにならないだろ!」 「……」 忌憚のない意見を言い合えるのは、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間同士だから――なのかもしれない。 しかし、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間の言葉なら 人は傷付かず 不快にもならない――というわけではない。 瞬は傷付いたわけではなく、不快になったわけでもなかったが、星矢の その言葉は、瞬にとっては決して嬉しいものではなかったのである。 ともあれ、結論はそういうこと。 要するに、この城戸邸に起居する青銅聖闘士たちは皆、合コン向きのキャラではないのだ。 その事実に、アテナの聖闘士たちが 全員揃って、暫時 沈黙する。 そして、無言のうちに 彼等は、『話題を変えよう』ということで、意見の一致を見たのだった。 |