氷河のおにぎり修行の犠牲者は――もとい 協力者は、星の子学園の子供たちだった。
おにぎり修行の件を瞬に知られるわけにはいかなかった氷河は、その試食を 城戸邸に起居する仲間たちに頼むことができなかったのである。
ゆえに 氷河は、相手が聖闘士だろうが 正義の味方だろうが 臆することなく、思ったことを ずけずけと正直に言ってくれる星の子学園の子供たちに、自分のおにぎりの試食を依頼することになったのだった。

氷河の人選は的確なものだったろう。
星の子学園の子供たちは、指導者としては ともかく、批評家としては最高の才能の持ち主だった。
その批評の容赦のなさ、その批評の厳しさは、広告を掲載しないがゆえの激辛批評で有名な批評誌、自分に利害関係がないゆえに好き勝手を言いたい放題のブログ執筆者、口コミ情報サイトのレビュアーなど足元にも及ばないもの。
近代日本史上 最高の食通・北大路魯山人でも、ここまで辛辣な舌――食べる舌と喋る舌――を持ってはいなかったに違いない。
某水瓶座の黄金聖闘士による甘い修行しか受けたことのない氷河には、それは苛酷苛烈すぎるものだった。

「まずいーっ! なんだよ、これ! これに比べたら、冷蔵庫の中で腐っちまった玉ねぎ食ってる方が ずっとましだぜ!」
「瞬にーちゃんみたいなの期待してたのに、これ、まじで激マズじゃん。ほんと、これ食うくらいなら、トイレの床を舐めてた方がずっと幸せでいられるよなー」
「瞬ちゃんの おにぎり、もう一度食べたいの。瞬ちゃんに おにぎり作ってって頼んでちょうだい」
「瞬にーちゃんのおにぎり、ケーキより パフェより美味かったよな」
「ステーキより しゃぶしゃぶより美味かった!」
「おまえ、ステーキや しゃぶしゃぶ食ったことあんのかよ」
「そんなの 食ったことはないけどさ、瞬にーちゃんのおにぎりの方が美味いのは、1億6千パーセント確実じゃん」
「まあ、瞬にーちゃんのおにぎりを 氷河にーちゃんのおにぎりらしきものと比べるなんて、瞬にーちゃんに対してシツレイだしな」
「俺たち、礼儀作法 心得てるもんなー」
等々、子供たちの批評には斟酌も忌憚もない。

星の子学園の子供たちの評価は妥当かつ適切なものだと思う。
だが、氷河には 自分のおにぎりのどこがよくないのか、なぜ こんなものができあがってしまうのか、どうしても わからなかったのである。
米は、魚沼産の最高級コシヒカリ。
炊飯の際に用いる水には 稲を育てた水が最適というので、魚沼の名水も取り寄せた。
有明の海苔。
伯方の塩。
材料は、日本最高のものを使用しているのである。
だというのに。

「とにかく、これは不味すぎ! 人類史上最悪!」
「なんで、こんな 不味いおにぎりが作れるんだよ! 氷河にーちゃんって天才なのか !? 」
恐いもの知らずの子供たちは、氷河が『今度こそ』と思って 星の子学園に運ぶおにぎりに『まずい』『最低』『最悪』を繰り返し、氷河が何度挑戦しても、その評価が覆されることはなかった。
「瞬にーちゃんのおにぎりは、3億9千万円払っても食いたいけど、氷河にーちゃんのは、5億6千万円もらっても食いたくない!」
一度 おそらくは世界最高のものといえる瞬のおにぎりを食した経験があるとはいえ、所詮は子供の味覚である。
到底 舌が肥えているとは言い難い子供の評価がこれでは、あの奇跡のおにぎりを“普通”と思っている瞬には、白鳥座の聖闘士の手になる おにぎりは なおさら耐えられない味であるに違いなかった。

氷河は、自らのプライドを捨てて 一輝に教えを乞うことさえ考えたのである。
だが、肝心の一輝が今どこにいるのかが わからないのでは どうしようもなかった。
どんな苦難、どんな試練に出会っても 希望を捨てないのが、アテナの聖闘士。
もちろん諦めるつもりはない。
瞬を諦めることは、何があってもできない。
だが、諦めることのできない自分が わかっているからこそ――であればこそ なおさら、氷河の絶望は深まり強まっていったのである。
幼い子供だった頃の一輝にできたことが、なぜ 今の自分にできないのか。
日々 早起きをして 城戸邸の厨房で修行を重ねた甲斐あって、へたに形だけは綺麗に整うようになった自分のおにぎりを見るたび、その不味さに触れるたび、氷河の焦慮と絶望は募るばかりだった。






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