それにしても――。
目が二つ、鼻と口が一つずつ。
顔を構成している部品は“普通の人間”と同じなのに、瞬は何もかもが普通じゃない。
この生き物は いったい何なんだ。
印象は“優しい”だ。
だが、瞬が その印象通りの人間であるはずがない――それだけのものであるはずがない。
それだけのものであるはずがないのに――瞬は、俺の前で 他愛のない話を楽しそうに続けた。

「このお店、普段は 氷河目当ての女性客が列を成しているって、以前、ある人に聞いたことがあるんです。ちょっと疑っていたんですけど、本当だったんですね。今度は連絡しないで、このお店に来てみようかな。このお店の席が全部 埋まっているところを見てみたい。氷河は、僕が行くって連絡を入れると、お店を休みにしてしまうらしくて」
この男目当て?
あの女たちは皆、この店のバーテンダー目当てなのか?
それが事実なんだとしたら、あの女たちは、全員が危機管理能力ゼロ、危険察知能力ゼロだ。
この綺麗な金髪男の顔だけを見て、その奥にあるものを まるで感じ取れていない。
俺は心底から、腹の底から呆れた。
「それは やめた方がいい。この男目当てで通ってくるような感覚の鈍い女たちが、君の恐ろしさに気付いて、君に席を譲るとは思えん」
美しさで負けを認めて逃げ帰ることはあるかもしれないがな。

「恐ろしい?」
どうも、俺は、この異次元空間で、調子を狂わされているようだ。
言わずにいればいいことを、また口にしてしまった。
俺の失言を聞いて、瞬が氷河と視線を交わす。
だが、二人は何も言わなかった。
笑いでごまかすこともしない。
それは、認めたようなものだぞ、自分たちが恐ろしい人間だということを。
この二人の異質に気付いていることを知られるのも まずいから、俺は急いで自分の失言をごまかした。

「恐いくらい綺麗だ。君も、こっちのバーデンダーも。綺麗な動植物には毒があるものだろう?」
“恐ろしい”を“恐いくらい綺麗”に――他に適当な ごまかし方も思いつけなくて、俺は そう言ったんだが、瞬は ごまかされてくれたのか、ごまかされなかったのか。
そんなことすら、瞬は俺に悟らせてくれなかった。
「恐いなんて言われたのは初めてです」
と、どちらにもとれる言葉を口にして、瞬が カウンターの中の金髪男の顔を見上げる。
「氷河は時々 言われるそうなんです。恐いとか、危険だとか。綺麗すぎるからなのかな」
この場での やりとりを ごまかそうとしているのは俺だけでなく、瞬も同様らしい。
瞬も、この場にいるのは “恐ろしい”生き物ではなく、“恐いくらい綺麗”な人間だということにしたがっているようだった。
この二人の正体を探り出したい俺としては、この切り返しに どう応じたものか、難しいな。

「これは直感だが、こちらのバーデンダーより 君の方が恐い――強い」
「さあ、それはどうか。でも、僕は氷河と喧嘩をしたことはないんです。口喧嘩すらしたことがない」
負けるのがわかってるから、金髪男は喧嘩を吹っかけないんだろう。
それがわかるということは、やはり この金髪男も ただ者ではないんだ。
そんなことは、最初から――この店に入った時から わかってはいたが。

危険で、異質で、恐ろしい二人。
こんなふうな危険を感じる人間に、俺は初めて会った。
ここにあるのは、俺が初めて感じる種類の危険だ。
そんな二人の前で、俺の中には奇妙な衝動が生まれ始めていた。
つまり――俺も それなりに危険な男なんだということを、この二人に知ってほしいと思う衝動が。

それは あり得ないことだった。
そんな自己顕示欲は 自分に自信のない人間が抱くものだ。
自分に自信がないから、他者の承認が必要になるんだ。

他者に、危険な男、切れる男に見られてはならない。
非力で 野暮な人間に思われているくらいが ちょうどいい。
持てる力に気付かれずにいること、目立たず 存在を認められずにいること。
人に 存在を認められず、力を悟られずにいることで、俺は これまで自分の優越感を満たしてきていたのに――。

結局、俺は 自分の中に生まれた衝動を何とか抑えきり、それから2時間ほど、綺麗な二人の逢引き(?)の邪魔をして、その後 謎のバーを出たんだ。
元は公務員だったが、退屈な仕事に耐えきれず、一旗揚げてやろうと考えて そこを飛び出たはいいが、世の中は そんなに甘くなかった――と、完全に嘘ではないが、事実でもない身の上話を 二人に語って。
二人の正体は探り出せなかったが、酒は美味かった。






【next】