「で、結局、どこに行ったんだよ?」
カノンのトーキョー観光1日目。
瞬は足取り軽く浮かれて帰ってきたのだが、カノンは楽しかったのか楽しくなかったのかの判別ができない無表情。
氷河は、どこから何をどう見ても不機嫌の極致。
いったい この三人のトーキョー観光は どんなものだったのか興味津々(だが、同行はしたくない)星矢は、三人が城戸邸に帰還するなり、瞬に報告書の提出を求めた。
瞬が 楽しそうに、その仕儀を報告してくる。

「O手町の平将門の首塚に行って、それから、東KO大博物館でシーラカンスの標本を見てきたんだ。体長170センチの特大シーラカンスだよ。お昼は、K坂の日本料理屋さんでアンコウを食べてきたよ」
「将門の首塚とシーラカンスを見たあとにアンコウって、おっさん、それで文句 言わなかったのかよ?」
「シーラカンス、初めて見たって、びっくりして感心してたよ。海底神殿って、おさかな見放題っていうわけでもなかったんだって。興味深くて 楽しかったって言ってくれたよ」
「興味深くて 楽しかったってツラかよ、あれが」
ラウンジの肘掛け椅子に腰をおろし、瞬の作成する報告書を見て(?)いるカノンの顔は、どちらかというと“楽しかった顔”というより冷笑的。
しかし、彼は、瞬の作成する報告書に赤ペンを入れてはこない。
もし彼が本当に瞬に『興味深くて 楽しかった』と言ったのなら、それは明確に嘘であり――瞬のためについた嘘であり――氷河が不機嫌になるのは当然のこと。
カノンが瞬のために嘘をつき、その嘘が瞬を喜ばせているのだ。
氷河が上機嫌でいられるわけがない。

「でも、すごいんだよ。氷河と歩いてても、みんなが振り向くけど、カノンと氷河が一緒だと、もっとずっとすごいの。二人共 すごく目立つから。道を歩いてて、すれ違う人の100人中100人が二人を見て、立ち止まったり、ぽかんとしたり、びっくりしたりするの。シーラカンスより珍しいものを見てるみたいな顔になって――両手に花って、ああいうのを言うんだね、きっと」
これほど愛想も愛嬌もない男たちを花に例える瞬のセンスは 人間としてどうかと思うのだが、常日頃から 氷河を『綺麗』と言って はばからない瞬の美意識は もはや矯正不可能だろう。
だから、星矢の不安は むしろ、カノンの上に向かったのだが、それは、彼の、
「男共が見ているのは瞬の方だったがな。ともかく、氷河が誰にでも敵意満載の目を向ける訳はわかった。瞬の正体を知らない馬鹿男共の目には、瞬が世にも稀なる美少女に見えるわけだ」
という呟きが払拭してくれた。

どうやら カノンの美意識は まともらしい。
かつ、相応の状況判断力も、彼は備えているらしい。
とはいえ、カノンの美意識が まともだということは、氷河の機嫌を悪くする方向にしか作用しないということなので、星矢は その事実を あまり好ましいことと思うことはできなかったのだが。
カノンが そのまともな美意識に基づいて、たった一言、『瞬は可愛い』とでも言おうものなら、氷河は それだけで彼の周囲半径1キロ以内を氷の世界にすることくらいは やりかねないのだ。
そして、星矢の懸念は、決して杞憂ではなさそうだったのである。

「ほぼ予想通りだが、あの おっさん、死ぬほど性格が悪いぞ。シーラカンス見学のあと、あのジジイが 喉が渇いたとか何とか言い出したんで、近くのカフェバーに入ることになったんだ。そこで、あの糞ジジイ、自分だけウィスキーの水割りを飲んで、俺と瞬にはオレンジジュースを飲むように“生活指導”してきやがった!」
おっさん → ジジイ → 糞ジジイ。
氷河の作成する報告書は、情景描写メインの瞬の お花畑レポートとは対照的に、報告者の心情に主眼が置かれている。
そして、その報告書には、氷河の機嫌が悪くなっていく様が、実に わかりやすく記述されていた。

氷河の不機嫌は、カノンの美意識のせいだけではなかったらしい。
カノンには、氷河に嫌がらせできるだけの常識(?)と機転も備わっているのだ。
そして、案の定。
瞬は、両手に花での お出掛けが気に入ったらしく、翌日以降も カノンと氷河を あちこちに連れ出し、そのたびカノンの生活指導のせいで 氷河の不機嫌は深さと強さを増していったのである。
カノンの嫌がらせは、主に 瞬の前で氷河を子供扱いすること。
氷河は、そのたび毎回 律儀に 腹を立て、子供らしさを全開にしているようだった。






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