「あんた、絶対、面白がってるだろ」 星矢が彼にしては真面目な顔で、元シードラゴンの海将軍、現ジェミニの黄金聖闘士に そう尋ねたのは、カノンの都内観光が始まって2週間が過ぎた頃。 都内近郊の珍名所は あらかた見尽くし、瞬が 奈良、京都、鎌倉辺りへの遠出を計画し始めた頃だった。 それが取るに足りない男でも――取るに足りない男でないなら、なおさら――氷河は、自分以外の男が瞬に目を向けると、露骨に機嫌を悪くする。 とはいえ、それは あくまでも、氷河が瞬を好きでいることを、瞬 及び その周辺の人間に誇示するための行為であって、氷河は腹の底から本気で それらの男たちに腹を立てているわけでも 嫉妬しているわけでもない。 それは あくまで振りなのだ。 癖になり、習慣になってしまった“振り”――言ってみれば、常態となった演技なのである。 ところが、ここ数日、氷河の様子がおかしい。 演技にしては、真面目に――本気で苛立っている――ように見える。 氷河が 本気で感情を動かすことがあるとしたら、それは瞬に関すること以外には考えられず、氷河の異変が ここ数日 顕著になってきたことを鑑みれば、その主原因はカノンにある――としか思えなかったのだ。 いつも あらゆることを能天気に面白がっているようだった星矢に 真面目な顔を向けられて、カノンは少々 意外の念を抱いたらしい。 その上 星矢の後ろには、いつも真顔でいるせいでシリアス度がわかりにくい紫龍が控えている。 暫時、僅かに眉をひそめてから、カノンは縦にとも横にともなく首を振った。 「実際、面白い玩具だからな。あの男は、本気で、あの おせっかいな子供にすぎない瞬を、この地上で最高の人間だと信じているらしい。俺に懐いてくる瞬に機嫌よく接してやれば、氷河が怒り、素っ気なくすれば、それはそれで腹を立てる。あそこまで自分の感情を隠さない男も珍しい。たまに 気まぐれで、俺がお節介観光を楽しんでいる振りをしてやると、途端に瞬が嬉しそうな顔になり、氷河が親の仇を見るような目で俺を睨んでくる。リトマス試験紙も、瞬ほど単純ではないし、氷河ほど明快な反応は示さない。実に愉快なガキ共だ」 その“ガキ共”の仲間の睥睨など、蚊に刺されたほどの痛みも感じないと言わんばかりのカノンの態度に、星矢は我知らず 片眉を しかめてしまったのである。 「あんたは、それで 瞬や氷河を手玉にとって遊んでるつもりかもしれないけど、そうやって思い上がってると、そのうち、手痛い しっぺ返しを食らうことになるぞ」 「星矢の言う通りだ。瞬の優しさや 氷河の一意専心振りを侮っていると、決して いい結果は生まない。必ず痛い目を見る。誠意には誠意で、本気には本気で 相対した方がいい。たとえ相手が 自分より年若い子供であっても」 「おまえたちは何を言っているんだ。あんな単純馬鹿なガキ共に、俺が しっぺ返しを食らうだと?」 単純馬鹿なガキ共の仲間が いったい何を言っているのか。 戦わなければ地上世界が滅びるかもしれないという時に、『戦うことに疲れた』などと言って敵を倒すことを逡巡するような甘い考えの子供。 そんな子供を地上最高の人間と信じ込んでいるような愚かな青二才。 そんな者たちが、人生の辛酸を舐め尽くし、どん底から這い上がろうとし、結局 ただ一人で取り残されてしまった男に――既に人生の苦難を すべて経験し終えてしまった不幸な男に――どんなダメージを与えられるというのか。 星矢と紫龍の忠告を、カノンは一笑に付した。 彼は、それを真面目に受け取る気には なれなかったのである。 彼の目に映る瞬と氷河は、反応の良すぎるリトマス試験紙程度の玩具でしかなかったから。 道を誤ったことのない幸運な子供。それゆえに、一生 おめでたい馬鹿でいるのだろう子供だとしか思えなかったから。 |