したのだが。


「氷河。どこに行くの」
氷河は、突然、瞬に引き止められたのである。

「城戸邸の庭に――」
尋ねられた氷河は、自分の行こうとしていた場所を瞬に告げた。

「おっきな野菜畑でも作ってくれるの」
「そのつもりだが」
「…………」

当然のようにそう答えた氷河を、瞬はしばらくじっと見詰めていた。
やがて、瞬の大きな瞳にじわりと涙が盛りあがってくる。

「瞬……?」

事の次第がわからずに瞬の名を呼んだ氷河は、その途端に瞬の瞳から涙が一粒零れ落ちたのに、仰天してしまった。
「瞬、どうしたんだ!?」

氷河は、慌てて瞬の側に駆け戻った。
瞬の肩にのばされた氷河の手から、しかし、瞬がすっと身を引く。
そして、瞬は、氷河に触れられることを避けたまま、涙ながらに氷河に訴えてきたのである。

「氷河のばか! どーして、そんな無理言うなって、僕を叱ってくれないの!」
「し…叱る……?」

そんなことが、氷河にできるはずがないではないか。
氷河には、瞬が人に叱られるようなことをするはずがないという固定観念があったし、ましてや、叱られてもいないのに泣いている瞬を、更に叱るなどという曲芸が氷河にできるわけがない。

氷河は、瞬にまた拒絶されることを恐れながらも、再び瞬の肩に手を伸ばした。
涙に暮れている瞬は、再度氷河の手を拒むようなことはしなかったが、かといって泣きやみもしなかった。
氷河は瞬を抱きしめて、その涙を止めるべく色々手を尽くしてみたのだが、結局すべての試みは徒労に終わってしまったのである。


困り果てた氷河がどうしたものかと戸惑いつつ、瞬を抱きしめる腕はそのままに、ふと顔をあげた時。

氷河の視界に、自分たちを見て肩をすくめている某長髪男の姿が飛び込んできた。

紫龍に全く慌てた様子がないのに気付くと、氷河は彼を睨みつけた。
なんとなく――なんとなーく、氷河には、瞬の涙の訳がわかったような気がしたのである。

案の定、氷河の睥睨に恐れを為した様子もなく、紫龍は腹がたつくらいのんびりした口調で、
「いや、俺もまさか、おまえがここまで頑張るとは思っていなくてなぁ」
と、事の次第を話し出したのだった。



それによると。

事の起こりは、実は、8月1日のマージャンの日ではなく、先月最後の日曜日――だったらしい。

いつものようにケーキの買い出しに出ていた瞬は、瞬御用達のケーキ屋の向かいにあるハンバーガーショップの前で言い争いをしている星矢と美穂の姿を目撃してしまったそうなのだった。









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