「僕は、氷河に迷惑かけたくない」 氷河の胸の中できっぱりと、瞬は言った。 少しの間をおいて、氷河が小さく頷く。 「そうか」 氷河の髪が、瞬の頬を掠める。 瞬を抱きしめている氷河の腕に力にこもり、切なさに鼓動することを忘れていた瞬の胸は、再び大きく高鳴り始めた。 氷河の手が、瞬の首筋に伸びてくる。 それが冷たいかのか熱いのか、瞬には咄嗟に判断ができなかった。 それはまるで、誤って電流に触れてしまった時のように、痛かった。 「あの……」 氷河は何をしようとしているのだろう? 氷河にただ抱きしめられていることに耐えられなくなった瞬が首を動かして、氷河に尋ねようとした時、瞬の身体の線を辿るように這い上がってきた氷河のもう一方の手が、洋服の布越しに瞬の胸に触れた。 綿のシャツを一枚身に着けているだけである。 氷河が触れている場所に何があるのかくらいは、瞬にもわかった。 氷河は、繰り返し、その指先で、瞬のそれを刺激してきた。 氷河の指に挟まれたり摘まれたりされたりしているうちに、それが硬くなり、はっきりした輪郭を取り始める。 瞬には、それがどういうことなのか、なぜそこがそうなるのかがわからなかった。 「ひょ……氷河……?」 瞬は戸惑い、氷河の名を呼んだ。 だが、氷河は指の遊びを続けるだけで、何も答えない。 氷河の胸の中に閉じ込められているせいで、瞬に確かめられたのは、時折視界の端で揺れる氷河の金色の髪だけだった。 氷河から身体を離そうとしても、瞬の首を掴むように押さえつけている氷河のもう一方の腕が、瞬にそれを許してくれない。 氷河の胸と瞬の胸の間で、氷河の手が蠢き続けていた──いつまでも。 氷河の手に触れられているのは胸と首だけだというのに、なぜか、瞬の全身が──身体の中心が──熱くなり始めていた。 瞬は思わず息を止めた。 やがて、呼吸を中断していることに耐えられなくなって、肺に貯めていた息を一気に吐き出した。 それと同時に、小さな声が漏れる。 「あ……っ!」 それは、まるで自分の声ではないように、そして、泣きたいわけではないのに、泣き声の最初の一息に似た響きを持っていた。 「氷河、いったい何を──」 瞬の声を遮るように、氷河の脚が瞬の膝の間に入り込んでくる。 「やだっ!」 何がどうなっているのかはわからないが、途端に自分の身体が火に焼かれたような痛みを覚えて、瞬は氷河を突き飛ばした。 瞬に突き飛ばされても、氷河の身体は微動だにしなかった。 が、彼は瞬を捕まえていた腕は放してくれた。 頬を真っ赤に上気させている瞬を、氷河が無表情で──それは、もしかしたら、無表情とは対極にあるものだったのかもしれないが──見詰めている。 「あ……あの、氷河、ごめんなさい。僕、なんだか……少し変な気分に……」 氷河の青い瞳に出会った途端、瞬は強い罪悪感に襲われた。 それは自分から求めたことのはず──だったのに。 「いや」 「あの、ごめんなさい、もう逃げないから、続き……」 「焦ることはない。今夜はこれくらいにしておこう。急ぎすぎるのはよくない」 氷河は決して怒っているわけではないらしい。 彼の口調は決して激してはいなかった。 それで瞬は、少し勇気を取り戻し、恐る恐る氷河に尋ねてみたのである。 「あの、今のは……何?」 氷河は瞬に答えを返してはくれなかった。 代わりに、口許に微かな笑みを刻んだ。 「少しは見込みもあるようだし」 「見込みって、治る見込み?」 「治すわけじゃない。成長の芽は既に芽吹いていたってことだ」 「?」 理解できない氷河の言葉に更に反問することは、瞬にはできなかった。 心臓がまだ、どきどきしている。 何を言われても、まともに理解できそうにない自分に、瞬は気付いていた。 「まあ、気を長くもって、ゆっくり構えていこう」 「ん……うん」 「明日の夜もここに来い」 「うん……。おやすみなさい」 とにかく瞬は、今は一刻も早くひとりになって、自分を落ち着かせたかった。 |