山間の村の入り口には、高さ1メートルほどの陽石が立てられていた。 「 氷河は、止めた車のハンドルの上に両腕を乗せるようにして、前方に立っている巨大な陽石を眺め、呟いた。 陽石。 要するに、石でできた男根像である。 それが、その村の入り口には立っていたのだ。 いずれにしても、その先の道には、車が通れるほどの幅がない。 氷河は、その場に車を捨てて徒歩で進むしかなかった。 だが、氷河がその場所を村の入り口と見たのは誤りだったらしい。 否、地図上では確かに、そこが 氷河の父の生誕地は、外界から隔絶された閉鎖的な村のようだった。 もっとも、天気のよい春の日の午後の散歩は、なかなか快適なものではあった。 空は青く高く、姿は見えないが、どこかから微かにヒバリの声が聞こえてくる。 道の傾斜度が増した辺りから、氷河が進むのは、したたる緑でできた壁で左右を挟まれた回廊になった。 時折その壁が途切れると、そこは露出した岩でできた崖になっていて、眼下の風景を見渡すことができる。 そんなふうな崖の部分に出くわすたびに、氷河は、自分がこの山をどれだけ登ってきたのかを目測することができた。 その村は、さほど高くない山の中腹の狭い平地にある、人口300人ほどの小さな集落だった。 無論、正式な行政区域ではなく、法的にはD市の一地域に過ぎず、当然、議会も有していない。 しかし、距離的にも地形的にも他の市町村から隔絶されて没交流なため、戦前から一つの独立した村のように扱われ続けてきたという話だった。 氷河は山間の道を歩いている間、電柱を1本も見なかった。 村には電気が通っているのかと不安になり始めた夕刻、やっと、氷河の前に僅かな平地が開けた。 視界に人家の灯りが映った時、氷河は、小人の国や巨人の国から大英帝国に帰り着いたガリバーのように、ほっと安堵したのである。 電気は、氷河が辿ってきた道とは逆方向から供給されているようだった。 |