「では、どうぞ。あなたの罪は僕のものです。あなたの清廉潔白を保つために、僕があなたの罪をこの身に負います」 八角形の形をしたご神体らしき鏡を背にして正座していた瞬は、村長にそう言って、目を閉じた。 途端に、それまで瞬に向かいあって正座していた村長が姿勢を崩し、胡坐をかく。 それから彼は、恐ろしく激した様子で、普段の彼からは想像もできないような言葉を、品のない胴間声でまくしたて始めた。 「城戸の! てっきり戦死したんだと思ってた、あの城戸の 村長の言う『城戸の倅』が自分の父親を指しているのだと気付くのに、氷河はかなりの時間を要した。 「ついでに、あの妙にスカした態度の息子も死んでくれりゃ、願ったり叶ったりだ。これ見よがしに高そうな背広なんぞ着込んで、泥棒猫みたいに、村のあっちこっちをふらふらしやがって、目障りなんだ! いっそ、俺がこの手で殺してやりたいくらいだ! だいたい、あの気持ち悪い目は何なんだ! 作り物のガラス玉みたいな──あれでも人間なのか! 畜生、城戸の家の奴等は、みんな殺してやりたい。でかい石を叩きつけて、あの毛唐の人形みたいな顔をぐちゃぐちゃに潰してやれたら、さぞかし気持ちいいだろうさ! 俺ぁ、昨日、あの男の顔を潰してやるのにちょうどいい大きさの石を見付けたんで、家まで持ち帰っちまった。今も玄関の脇に転がってる! いつ使ってやろうかと思案してたんだが、なかなかいい案も出てこない。それで、仕方なくここに来たんだ」 初めて会った異国人の外見をした男を偏見もなく歓迎してくれた、人のいい村長。 つい昨日も、彼は親切に『不自由はないか』と氷河に尋ねてくれていた。 聞くに堪えないその言葉が、昨日出会った村長と同じ人物の口から発せられたものだとは、氷河には到底信じられなかった。 瞬は黙って、村長の言葉を聞いていた。 微かに、顔が歪んでくる。 村長が言いたいことを言い終わったと知ると、彼は目を閉じたままで、呻くように言った。 「あなたの憎悪は僕の中に入りました。あなたは、人を憎んだことはない。殺意を抱いたこともない。あなたは潔白で善良です。神の心に沿う存在です。生きている間も、死んだ後も、あなたを責めることができる者は誰ひとりいないでしょう」 (いったい……これは何だ?) 神道にこんな儀式があるなどということを、氷河は聞いたことがなかった。 キリスト教の懺悔・告解に似ているようにも思えるが、それは、罪の告白を受けた神父や牧師がその罪を引き受けるものではない。 それは、あくまでも罪の赦しを祈り求めるだけのものであり、プロテスタントでは宗教上の正式な儀式として認められてさえいない。 「あなたが拾ってきた石は、神社に奉納なさい。あなたはその石に、神意を感じて捨て置けなかっただけです」 村長の醜悪な告解よりも、彼の罪を自分の中に受け入れたと言う瞬の言葉の方に、氷河は不気味なものを感じていた。 瞬の指示を聞いた村長が、まるで憑きものが落ちたような顔になり、だらしなく崩していた姿勢を立て直す。 居住まいを正し、瞬に深々と一礼をすると、彼はそそくさと神殿を出ていった。 その日の夕刻、偶然村長に出会い、例の、悟りきった仏陀のような表情で愛想のいい笑顔を向けられた時、氷河はぞっとしてしまったのである。 |