その日から氷河は、神社に出入りする村人たちの動向に注意するようになったのである。 それまで気付かずにいたのだが、瞬の許を訪ねてくる村人たちは実に多かった。 氷河が神社への人の出入りの多さに気付かずにいたのは、彼等が必ず一人で、人目を忍ぶようにこっそりと石の鳥居をくぐるからだったらしい。 その出入りの多さにも関わらず、村人たちが神社で鉢合わせをすることはない。 そうならないように誰かが──おそらくは瞬が──調整をしているに違いなかった。 そうして、瞬は、白い衣装に着替えて、村人がやってくるのを待つ。 神殿に面した庭で、氷河は幾度も、その儀式を盗み見、盗み聞いた。 村人たちが口にする言葉はどれもこれも、吐き気がするような内容のものばかりだった。 穏やかな笑顔の下で、夫は妻を憎み、妻は夫の死を願い、隣人は隣人を妬んでいた。 ある時など、出刃包丁を神殿の床に叩きつけて、 「ウチの などと、物騒なことを喚きたてる壮年の男がいた。 瞬は、彼が捨てた刃物をひろいげ、 「あなたの奥さんと多治見要蔵さんは、僕が殺しました。あなたがこれから出会う二人は、別の二人です。あなたは誰にも殺意を覚えなかった。あなたは奥さんを信じています」 と、動じた様子も見せずに言ってのけた。 翌日には、その男の妻が瞬の許にやってきて喚き散らした。 「亭主が気持ち悪くて仕方がないんだよ、あたしは! あのぼんくら亭主の目を盗んで、他の男と寝てやった。はん、いい気味だ!」 そんな不倫の話を聞かされても、瞬は眉ひとつ動かさない。 「配偶者を裏切り、他の男と不倫を犯したのは、僕です。あなたはご主人を愛し信頼している。あなたは何ひとつ罪を犯していない」 静かに──むしろ、無感動に、瞬は彼女の罪を否定し、彼女は昨日の男と同じように穏やかな顔つきになって、神社の鳥居をくぐり神域を出ていった。 それが、ただの懺悔ではないことは確かだった。 瞬が司っている儀式は、己れの罪を告白することで神の 瞬に罪を引き受けてもらった村人たちは、本当に自分は罪を犯していないと信じきった晴れ晴れとした表情で俗界に帰っていく。 氷河は、その儀式の意味がわからなかった。 瞬が何者なのかも、わからなかった。 |