「僕は……この村の罪喰つみくいなんです」
「罪喰い?」

『誰にも見付からないように』と繰り返す瞬を抱いて、氷河は彼を神殿の外に運び出した。
別棟の──鳥居の外の──座敷に落ち着くと、瞬は、かなり長い間ためらってから、自分が何者なのかを、氷河に告げた。

氷河は、西洋の異端信仰にそんなものがあるという話を聞いたことがあった。
死に臨んで聖職者から“臨終の秘蹟”を行なってもらえない者──異教徒、破門者、自殺者たち──を天国に導くために、彼等の生前の全ての罪を我が身に引き受ける者がいるという話を。

氷河が民俗学に詳しいのは、父親の受け売りだったが、父がそういうものに関心を持っていた訳を、氷河は初めて理解した。
彼は、罪喰いの村に生まれ、その存在の意味を探り続けていたのだ。

「この村の人たちの罪を、自分の身に引き受けるのが、僕の仕事です。憎悪も妬みも殺意も偏見も──村の人たちの中にある醜いもの全てを、僕は自分のものとして受け入れます。その代償が、現世での何不自由ない生活。もちろん、死後には地獄に落ちますけどね」

「なぜ、そんな……」
戦後の混乱期には、怪しげな新興宗教が乱立した。
しかし、この村の罪喰いの風習は、どう考えても、昨日今日出来上がったものではなさそうだった。
世間から隔絶されているも同然のこの村が、そんなものの影響を受けることがあったとは思い難い。
そもそも、自分の犯した罪を他人に転嫁できるなどということを、“もう戦後ではない”時代に生きている者たちに思いつくはずがなかった。

「僕はこの村に生まれて、6歳の時に、両親を亡くしました。寄る辺を失ってしまった子供は、他に生きていく術がなかったんです。僕は、自分から望んで罪喰いになった。持ちつ持たれつです。僕は、生きる術。村の人たちは、心の安らぎ──」

瞬は、“罪喰い”の存在に意味がないとは思っていないようだった。

「死にかけた子供を見捨ててもね、この村ではその罪を罪喰いが喰ってしまうんです。僕は幸運でした。僕の前の罪喰いは、死にかけていた。まだ40代前半の女性でしたけど、罪の食べ過ぎで衰弱して、老女のようになっていて──」

実際、その風習があったおかげで、瞬は今、生きてここにいるのだから、彼にその存在意義を否定することはできないのだろう。

「僕を見捨てる罪を食べてくれるはずの罪喰いが死にかけていた。村の人たちは、一石二鳥とばかりに、僕を新しい罪喰いとして受け入れてくれました。僕が最初に食べた罪は、僕を見捨てようとしていた村人たちの冷酷さでしたよ」

呟くようにそう言って、自嘲気味に瞬は笑った。
「辛かった。初めて食べた罪は、悲しくて、苦しくて、虚しくて、でも──」

そして、氷河も、『その時に死んでいればよかったのに』と、瞬に言うことはできなかった。

「でも、僕は死にたくなかった。生きたかった」

氷河にできたのは、
「こんなふうにか」
と、瞬に尋ねることだけだった。

「…………」
必死に泣くのを堪えているように、瞬は、その綺麗な顔を歪ませた。





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