[三]






瞬は本当は、氷河のためにそんな儀式を執り行うのは嫌だったのだろう。
だが、求められれば拒むわけにはいかない。それが罪喰いである自分に課せられた義務なのだ──と、瞬は思い込んでいるようだった。

瞬が拒んでくれても、氷河は一向に構わなかったのである。
氷河は、“それ”を瞬に伝えるのは、別に神のいる場所でなくても構わないと思っていたのだ。

「では、どうぞ。あなたの罪は僕のものです。あなたの清廉潔白を保つために、僕があなたの罪をこの身に負います。この儀式の後には、あなたは自分の罪に怯えることはありません」
純白の巫女の衣装に身を包んだ瞬が、神殿の板の間に正座して、おそらくは決まり文句なのだろう言葉を、氷河に告げる。

まさか、神のいる場所で、正座して、“それ”を伝える羽目になろうとは──。
そんなことを考えながら、氷河は瞬に、彼の“罪”を打ち明けたのだった。
「俺の罪は──おそらく、おまえを愛してしまったことだ」

氷河は、“それ”を言葉にしてから、瞬の表情のわずかな変化をも見逃すまいとして、まるで恫喝するように険しい視線を瞬の上に据えていた。
罪喰いである瞬は、氷河の言葉に嫌悪感を抱いたとしても、動じた様子も見せずに“それ”を飲み込んでしまいかねないのだから。
もちろん、氷河が真実見逃したくないと切望していたものは、そんな嫌悪の表情ではなく、瞬の好意と喜びの感情の色だったのだが。

瞬は、最初は、自分が聞いた言葉の意味を理解しかねているようだった。
やがて、その瞳に、驚きの色と戸惑いの色が浮かぶ。
その後に、瞬の中に生まれる感情が、いちばんの問題だった。

氷河は、だが、それを確かめることはできなかったのである。
瞬は、自分の感情を読み取られることを忌避するように、目を閉じてしまったのだった。

それから瞬は、抑揚のない声で言った。
「お望みでしたら、あなたの欲望も引き受けますが」

「……!」
氷河は、自分でも驚くほど、瞬のその言葉に衝撃を受けたのである。
「他の奴……にも、そういうことを言うのか、おまえは」
震える声でそう尋ねることが、彼にできた唯一のことだった。

瞬が、閉じていた瞼を開ける。
そこにあったのは、嫌悪でもなく好意でもなく、ただ悲しみの色だけだった。
「まさか。僕と交わることは、僕の中に溜まり澱んでいるたくさんの罪と汚れを、僕と共にすることです。僕に欲望を覚えると告白する人たちもいますが、僕と交わることは誰もが怖れます。触れることさえしませんよ」

(この美しい姿が汚れて見えるのか……)
そんな目を持ってるこの村の人間たちに、氷河は同情を禁じ得なかった。
もっとも、今この時に限っては、それは氷河にとって幸運以外の何物でもなかったが。





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