「それはよかった」
「え?」
氷河は、自分の幸運を素直に喜び、そして、瞬を抱きしめた。
自分の感情を抑えることを初めて忘れて、瞬が氷河の腕の中でたじろぐ。

「あ……あの、まさか本気……?」
「当たり前だろう」
「そんな……そんなの、狂気の沙汰です。気が違ってるとしか──僕は罪と汚れにまみれているんですよ……!」

自分から言い出したことだというのに、瞬は氷河の腕から逃げようとする。
無論、氷河は瞬を逃がしたりはせず、逆に強い力でその細い腕を掴み、瞬の顔を自分の方に向けさせた。

「俺が嫌いか」
「…………」
「瞬」
答えを返してよこさない瞬に、もう一度返事を促す。
答えないことが──答えられないことが──瞬の答えなのだということは、その時にはもう氷河にはわかっていたのだけれども。

他人に触れられたことのない──おそらく、心にも身体にも──瞬は、氷河に名を呼ばれただけですぐに崩れ落ちた。
「ど……どうしてそんなことを訊くの……。初めてあなたを見た時、僕の知らない世界から飛んできた白い鳥のようだと思った。僕をここから連れ去ってくれないかと思った。僕は──」

こんな可愛らしい恋の告白があるだろうか。
氷河は不謹慎にも神の前で口許をほころばせ、その唇を瞬の首筋に押し当てた。

途端に、全身から力を失ってしまっているようだった瞬の腕と肩とに、力が込もる。
瞬は氷河を押し戻そうとして、だがすぐに氷河にその手を封じられてしまった。
「駄目。駄目です! あなたまで汚せない! 僕は、あなたを汚してしまう……!」
「俺が汚れるかどうか、試してみろ。おまえと同じ罪に苦しむのなら本望だ」

「あ……あ……」
抵抗を諦めたように、瞬の唇から細い吐息が漏れる。
瞬が抵抗しようとしていたものが、氷河の腕なのか、瞬自身の心だったのか、それは氷河にはわからなかった。
そして、それは、わからなくなくても構わないことだった。





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