村人たちの追っ手はすぐにかかった。

「村人総出で松明たいまつ持参とは、あきれた時代錯誤だな」
その異様な光景を笑い飛ばしてみせる氷河に手を引かれて、瞬は、灯り一つない山道を必死に走った。
ほぼ真円に近い月だけが、二人の行く手を照らし、示してくれている。

闇の中で逃亡者たちを追ってくる村人たちの姿は見えず、瞬が確かめられるのは、細い山路を曲がる時に黒い木々の隙間から視界に入る幾十もの松明の光だけだった。
それでも、罪喰いを追いかけてくる村人たちの鬼のような形相を、瞬は容易に想像することができた。
この状況を笑い話にしてくれた氷河の横顔も、月明かりを頼りに見あげると、必死の人間のそれだった。

「あの道俣神ちまたのかみの石像のあるところまで行けば、車がある。走れ」
氷河の言葉に頷いて、瞬は走り続けた。

「黄泉の国から逃げおおせた伊邪那岐いざなぎの話のように、投げた櫛や髪飾りが障害物になってくれたらよかったのにな」
躓き転びかけた瞬の身体を支え起こし、氷河は笑ってそう言った。





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