外の世界の“自由な”生活は、瞬には驚きの連続だった。
本では知っていたが、テレビを見ることさえ、瞬はこれが初めてだったのだ。
氷河の家のエレベーターも──それは、個人の家では確かに珍しい施設ではあったのだが──瞬を驚かせた。
氷河はといえば、ベッドを見ても驚く瞬に驚くことになったのだが。

だが、そんな“もの”以上に瞬を驚かせたのは、外の世界に住む人間たちが、人前で愚痴を言い、不平不満を洩らし、毒づき、言い争い、それでも生きている──ということの方だったのである。
自分の中にある あまり美しいとは言えない感情を隠そうとしている者もいたが、瞬が見る限りでは、それを隠しおおせている人間はほとんどいなかった。

自分の罪を自分の内から消すことのできない人間たち──自らの罪喰いを持たない人間たち──の生き様が、何よりも瞬を驚かせたのである。

「あの人たちは苦しくないの? 罪喰いがいないのに……。あんなに自分の罪を表に出して……」
「奴等は、自分の罪や罪悪感を内に貯め込まずに少しずつうみとして外に出している。おまえには見苦しく見えるかもしれないが、あれが健全なんだ」
「…………」

実行に移していない罪にさえ怯えていた村人たちを知っているだけに、自らの醜さを平気で人前に晒し出す外の人間たちが、瞬には信じられなかった。

「人間は、もがき苦しみながら生きているのがいいんだ。でなかったら、生きている実感が得られないじゃないか」

「氷河も? 氷河も苦しんでいるの?」
「俺は……そうだな、俺はおまえへの恋に苦しんでる」
からかうように薄く笑ってそう言う氷河に、一瞬きょとんとし、それから瞬は頬を薔薇色に染めた。

罪を恥じる以外の羞恥心が、瞬はひどく希薄だということに、氷河は気付き始めていた。
もっとも、瞬自身は、その事実を自覚してはいないようだったが。

「氷河の苦しいの、僕が少し食べてあげる」
氷河の肩に指で触れ、瞬が自分から氷河の膝の上に乗ってくる。
この大胆で可憐な恋人に、その大胆さを自覚させようという思いは、氷河の中には全く生まれてこなかった。

瞬は、肌を愛撫されることより、身体の内側に触れられることの方が好きだった。
氷河に貫かれるたびに瞬は、至福の表情を浮かべて喘ぐ。
瞬からこの大胆さを取り除くことなど、氷河には思いもよらないことだった。

氷河は、瞬の線の細さが心配だったのだが、あの村の人間全員の罪に耐えていただけあって、さすがに瞬は強かった。
数十億の人間の罪悪感が漂う外の世界の空気の中で、瞬は彼自身の生を生き始めた。





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