「おまえが構ってやる必要はないじゃないか」 氷河は、機嫌が悪かった。 ちょっと顔を見るだけだと言って、瞬が双魚宮に通うようになってから、もう半月になる。 こんなことならずっと日本にいた方がどれほどましだったかと、氷河は、瞬を連れて聖域にやってきたことを後悔していた。 青銅聖闘士との闘いに破れて、城戸沙織を女神として戴くことになった聖域。 その女神に護衛が必要だというのなら、あの十二宮での闘いはただの反乱鎮圧に過ぎず、女神の正当性を黄金聖闘士たちに認めさせることもできなかったということになる。 「でも、僕が彼をあんなふうにしたんだし」 「奴だって、いい歳をした大人なんだ。何があったって自分で立ち直るだろう。甘やかすことはない」 「でも、手助けできるのなら、してあげたいじゃない」 「奴にどんな手助けが必要だと言うんだ。元気そうじゃないか」 「……平気な振りしている人ほど危ないの。僕が傷付けたんだしね。僕が彼の価値観を壊した」 「おまえだって傷付いた」 「自分の信じていたものを失うのは辛いことだよ」 「……おまえは師を失った」 今は主のいなくなった教皇の間に、意識して低く抑えたはずの声が、空しいほどはっきりと響く。 『気候とTPOに合った服を着ましょうねっ』 と沙織に言われた瞬は、白いチュニックを着ていた。 氷河の目からすると、それはただの生足をさらした超ミニスカートにしか見えない代物で、瞬がそんな格好をしているのも、瞬がアフロディーテの許を訪ねることが氷河の気に入らない理由の一つになっていたのである。 頑として沙織の提案をはねのけた氷河は、日本から持ってきた化繊のYシャツを意地で着続けていたが、確かに潮を多く含んだギリシャの風に、それは合わない。 しかし、氷河には、TPOよりも、着心地よりも、瞬の脚の方が重要な問題だった。 快適な服を身にまとっているはずの瞬が、少し辛そうに言葉を紡ぎ出す。 「……だからね、僕から先生を奪った人をいつまでも憎んでいても、何にもならないでしょう。──氷河はどう思う?」 問われて、氷河は返答に窮した。 氷河から、彼の師を奪ったのは氷河自身だった。 十二宮での闘いの直後には、自分自身を憎んでいたかもしれない。 しかし、生き続けていこうと思ったら、人はいつまでもそんなふうではいられない。 氷河は、自分が弑した師や母の代わりに、信じる者・愛する者を見付けた。 人はそういうもの。 そういうふうにできているものなのだ。 |