瞬が訪ねていくと、魚座の黄金聖闘士は一瞬嬉しそうに瞳を輝かせた。

だが、すぐに彼は不機嫌な無表情を作る。

瞬は、彼のそんな一瞬の表情の移り変わりには気付きもしなかった。
苦しみや悲しみや怒り――人が、そんなふうなマイナス方向に向かう感情や思考を隠そうとすることはあっても、プラス方向に向かう感情を隠すことがあるなどということを――その必要性を、瞬は考えたこともなかったから。

だが、感じてはいたのかもしれない。

だから、瞬は、
「また来たのか、懲りないな、君も」
こんな歓迎の言葉にも、
「ご近所付き合いの一環です」
と、微笑って答えていられたのかもしれなかった。


「なら、手土産でも持ってくるものだ。君は私の薔薇を持っていくしか能がないようだが」
「だって、綺麗に咲いているから」

これだけの話をしてもらえるようになるまでに、半月かかった。
たった半月――と言うべきなのだろう。

最初は敗者を嘲笑いに来たのかと責められ、わざと師の最期の話を聞かされた。


だが、瞬にはわかっていた。
彼は絶望しているのだ。
彼は、自分が何のために生きているのかがわからないでいる。
たまたま女神の側に組していただけの子供に、信じていた“力”で負け、あまつさえ勝者の驕りとしか思えない同情を示されて、彼の誇りはずたずたにされてしまったのだ。

瞬は、彼を、氷河の言うように、甘やかしているつもりはなかった。
むしろ、最も残酷な仕打ちをしているのだと自覚していた。
そもそも、これは、双魚宮での闘いの時に、彼に留めをさせなかった自分の招いた事態なのである。
彼にしてみれば、あの闘いで死んでいた方が余程ましだったに違いない。


「用がなきゃ、来ちゃいけないんですか」
「時間の無駄だ」

「…………」

これは、おせっかいというものなのだろう――とも思っていた。
彼は、自分が生きていくために、誰かの手助けなど欲してはいないのだ。
それが欲しくても、欲しいと言えるタイプの男ではない。

だが、瞬は、だからこそ、彼には“おせっかい”が必要なのだ――と思っていた。
奇妙な縁ではあったが、自分が彼から奪ってしまったものの代わりを、瞬は彼に見付けてほしかったのである。





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