瞬が熱を出して倒れてしまったのは、アフロディーテと瞬がそんなやりとりを繰り返すようになって半月が過ぎた頃だった。

日本とはまるで違う気候に、やっと慣れてきたと気を緩めた途端に、身体がそれまでの緊張を自覚してしまったらしかった。

「ごめんね、氷河。僕、どうかしてるよね。アンドロメダ島はもっと厳しい気候のところで、でも、僕、あそこでも倒れたことなんか――」

瞬がその先を言いよどんだのは、氷河に無用な心配をかけたくなかったからなのだろう。
1日たりとも気を緩めることなどできなかったアンドロメダ島の生活のことなどで。
それはもう、心を傷める必要もない、過去の話なのだから。

「まあ、それだけのんびりできるようになったということだな」
瞬の気遣いを無駄にするわけにもいかなかった氷河は、瞬に微笑ってみせることしかできなかった。

教皇の間の奥まった場所に与えられた瞬の部屋には、日本の初夏のそれに似た風が、ときおり潮の香りに混じって薔薇の香気を運んでくる。

「とにかく、寝てるしかないんだから、しばらく大人しく寝てろ」
「うん」

病人の素直な返事に頷いて、氷河は瞬の部屋を出た。

居住区を出ると、そこは大袈裟な太い大理石の柱で支えられた謁見の間になる。
その場に、氷河は、実に不愉快な人影を見付け、眉をひそめることになった。


「アンドロメダは――」
「……何しに来た」
「何かあったのか」

毎日続けられていた瞬の訪問が途絶えたのに不安になったらしい魚座の聖闘士が、そこにいた。

「熱を出して寝込んでいる。だから、あんな格好はやめろと言ったのに」

氷河の返答を聞くと、彼はすぐに氷河に背を向けた。
そのまま、薔薇の香りのする宮へと、速くもなく遅くもない足取りで帰っていく。


「…………」
氷河は、その後ろ姿を眺めているうちに、ひどく嫌な気分になったのである。

アフロディーテのそれは、来るなと言い、構うなと言いながら、その実、見捨てられるのを怖れている子供のやり方だった。

しかし、彼は子供ではない。
男にしては気の毒なくらい造作が整ってはいるが、瞬よりもはるかに立派な体格をした、大の大人ではないか。


彼は、もう、“代わりのもの”を見付けてしまったのではないか――という思いが、氷河を不快にした。
彼の見付けたものが、自分の見付けたものと同じものなのではないかという懸念のせいで。





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