「お見舞い? アフロディーテが?」 「だったんだろう。おまえはどうしたんだとしか言わなかったが」 くすくすと笑ってから、瞬は慌てて表情を引き締めた。 「ちゃんと伝えておけばよかった。彼が僕のこと心配してくれるなんて思わなかったから」 熱が下がって起き上がれるようになった瞬を、それでもベッドから出さなかったのは、氷河だった。 建前の理由は、『意識していない無理は、知らぬうちにたまるものだから、大事をとれ』。 本音は、『こんな時くらい、アフロディーテのところに行くのはやめてくれ』。 だが、瞬には、氷河の本音は全く伝わっていないようだった。 「今からでも、アフロディーテに顔を見せてこようかな」 ベッドに上体を起こし、そんな馬鹿げたことを呟いてみせる瞬の邪気の無さが、氷河の神経を逆撫でする。 「もう、奴に構うのはやめろ!」 氷河は、つい自制を失い、瞬を怒鳴りつけてしまっていた。 「氷河?」 瞬が、突然の氷河の剣幕に瞳を見開く。 瞬には、氷河の苛立ちの原因がわかっていないのだから――氷河自身が伝えずにいるのだから――それも無理からぬことだったろう。 「おまえが誰にでも優しいことは知っている。おまえが、奴の今の有り様に責任を感じていることもわかっいてる。だが――」 自分の言葉は、瞬には駄々っ子のそれとしか受け取ってもらえないだろうことを察して、氷河は苛立っていた。 他の誰でもない、自分自身に、である。 氷河は瞬に対して、そんなことを言うどんな権利も有していない。 それがわかっているのに、だが、嫉妬するのは、瞬を好きな者として当然の権利だと言わんばかりの自分の言動を、氷河は止めることができなかった。 「頼むから、やめてくれ」 「氷河、どうし――」 訝る瞬の言葉を唇でふさぐ。 「……!」 瞬の驚愕が、まだ少し熱の残っている唇を通して、氷河に伝わってきた。 ベッドに起こしていた身体を、まるで口付けに押されるようにしてシーツの上に倒されてしまっても、だが、瞬は拒む素振りも見せなかった。 無論、断りも無くそんなことをされた人間が喜んでくれているはずもなかったが。 瞬の唇は、ただ戸惑いだけを帯びている。 「おまえは何もわかってない! 絶望した人間が何を望むものなのか、わかっていないんだ! もう、あんな奴に構うな!」 その反応の無さが、氷河を更に苛立たせた。 はっきりと嫌悪の表情でも浮かべてくれればいいものを、瞬はそんなことすらしてくれないのだ。 「絶望した人は……何を望むの」 しかも、瞬の戸惑いは、氷河の行動よりも言葉の方に、より多く向けられている。 「生きる目的だ。死にたくないから――心まで死んでしまいたくないから、代わりのそれを求める」 「それなら、いいことじゃない。どうして、氷河は……」 「俺が、生きていくために何を見付けたのか知っているのかっ !? 」 その怒声を、氷河は、瞬にではなく自分自身に向けていた。 ふいに唇を奪われたというのに、瞬は、絶望した人間の望むことなどを呑気に尋ね返してくる。 自分のしたことが、瞬に対して何の効力も発していないことに、氷河は苛立ちを禁じえなかった。 「氷河……」 しかし、瞬にしてみれば、氷河の怒りは、当然自分に向けられたものだとしか思えない。 その場には、氷河以外には瞬しかいなかったのだから。 瞬は、瞳と唇の戸惑いの色を更に濃くして、やがて心許なげに睫を伏せた。 |