「罪と邪悪に満ちた人間たちの世界に帰りたまえ。誰も君の生還をとどめはしない。人間たちは、君に犠牲を強いる権利は有していないのだし、もし君を責める者たちがいたとしても、彼等はいずれ私の手で粛清される。そして、結局は、君も私の手にかかることになるだろうが、君の清らかさだけは永遠に保たれる。本望だろう、人間たちの中で最も綺麗なアテナの聖闘士殿」

言い捨てて、太陽神は瞬に背を向けた。
瞬の大切な――彼の言葉を借りるなら、汚れを受け入れることを潔しとしない仲間たちに死を与えるために。

これ以上、彼の言葉の矛盾を捜している暇はない。
すぐに決断しなければ、仲間たちの命が奪われる。

神の数だけある正義と邪悪。
もしかしたら、それは、人間の数だけあるものでもあるかもしれない。

何が正しく、何が間違っているのか。
それはただ一つだけの形を成しているものではないのかもしれない。

(でも、何かがあるはずだ。神や人間が自分だけの正義を振りかざしていたら、世界から秩序は失われる。人間がこの地上に暮らし始めて数万年。それでも、人間は世界を保ってきたんだから……!)



(僕の正義……僕の正義は何 !? )



「ま……待って!」

瞬に、その答えはわからなかった。
ただ、命の他にもう一つだけ、自分が持っているものを、瞬は思い出した。


罪と汚辱で世界を汚した人間たち。
その人間たちを、それでも守らなければならないと思う訳。
そうすることが正義だと思えるただ一つの理由。

瞬の正義の起点は、“愛”という感情にあった。

その感情が、瞬に訴える。
たとえどれほど愚かでも、あの愛すべき人々を滅ぼしてはならない。
これまで自分が愛し、自分を愛してくれていた仲間たちを死なせたくない。

瞬の決意を確信していたように振り返った神が、自信に満ちた微笑を浮かべて、右の手を瞬に差し延べる。


(さよなら、氷河……)


決して命を差し出すわけではない。
二度と仲間たちに会えないわけでもないだろう。


だから、瞬は、氷河にだけ別れの言葉を呟いた。








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