「氷河はまるで逆だった……」 アベルの結界が張られている太陽神殿から、瞬は外に出ることはできない。 直接触れることのできない花園の花を、瞬は大理石の柱にもたれかかって眺めていた。 暖かい陽光があるからこそ、咲き誇れる花。 太陽の光がなかったら、死んでしまう花たち。 この花たちが太陽を必要とするように、彼を必要とする誰かが彼の側にいたならば、彼は、人間界を滅ぼし、自らが支配する神々の国を造ろうなどという野心を抱いたりはしなかったのかもしれない。 (氷河は……僕のことを考えすぎて、考えすぎて、一度傷付けてしまったら取り返しがつかないと思っているみたいで、触れることさえ怖れているようで……) 表に表れる言動は正反対なのに、本当に欲しいものを欲しいと言えずにいるところは、氷河もアベルも同じなのかもしれない。 (そして、僕も……) もう決して手に入れることはできないとわかっているものに、人がこれほど焦がれるものだということを、もっと早くに知ることができていたなら――。 これまで、その本当の意味を知らずにいた“後悔”という言葉の意味を、瞬は噛み締めていた。 「何を考えている」 ふいに、この牢獄の看守の声が響いてくる。 「あ……」 「誰のことを考えていた」 その眼差しに、狂気にも似た怒りを見てとって、瞬は二、三歩、その場から後ずさった。 自らも、自らの心という檻に囚われている太陽神が、瞬の腕を掴みあげる。 「今更、仲間たちの許に帰れると思っているのか? それとも、ここを出て、どこかでのたれ死にでもする気か? おまえはここにいるしかない。私の許にいるんだ……!」 そのまま、石の床に引き倒され、身体を開くことを強要される。 激昂を、アベルは隠さなくなってきていた。 瞬は、彼には逆らえない。 人質は全人類。 瞬が、太陽神との契約を破棄して、ここを逃げ出しでもしたら、この絶大な力を持った神が地上にどんな惨事を招き寄せるのか――。 瞬は、この哀れな太陽神の側を離れるわけにはいかなかった。 |