「オトコの嫉妬ってこえー」
「星矢。茶化してる場合か」
「あ、うん……」

星矢をたしなめてから、紫龍は、少々気まずそうな顔を沙織に向けた。
「沙織さん。驚かれたかもしれませんが、氷河の奴はもうずっと……まあ、つまり、ですね……」

非常に言いにくいことを口にしようとしている紫龍に、沙織が首を横に振ってみせる。
それが言われなくても知っていると告げる仕草なのだと気付いて、紫龍は僅かに目をみはった。

「ご存じだったんですか?」
「氷河は、瞬にだけ自分の気持ちを隠すのに必死で、他の人間にはまるで無頓着でしたから」
「そーだよなー。気付かない方がどうかしてるよなー」
さもありなんとばかりに、星矢は肩すくめ、そして、その肩を力なく落とした。


「……瞬は……どう思ってたんでしょう。瞬の方の気持ちは、私にもわからなかったわ」
「ん……どうだったんだろ」

「あんまり、発展家ではないし、なにしろ、これまでが闘いの連続で、それどころじゃなかった──んじゃないか?」

星矢が、紫龍の見解に同意して頷く。
「想像できねーもんな」

そうぼやいてから、星矢は慌てて言い直した。
「あ、その、つまり、誰かひとりを特別扱いしている瞬ってのがさ」

訂正を入れて、星矢は恐る恐る氷河を見やり、彼が仲間たちの話になど耳を傾けていないことに気付いて、小さく吐息した。

「そうね……」
心ここにあらずといった風情の氷河を気遣わしげに眺めやり、沙織がぽつりと呟く。

少々意外の感でもって、紫龍はアテナに尋ねた。
「沙織さんは、あー……そういう嗜好は平気なんですか」

「こればっかりは、他人がどうこう言えるものじゃないし、氷河の場合、相手が瞬なら当然のような気もするし──実を言うと慣れてもいるの」

沙織の微苦笑に、紫龍は肩をすくめた。
ギリシャ神話の主神ゼウス、アテナのもう一人の兄アポロン。
神話の中のエピソードが事実なのだとしたら、神々が少年を愛した例は枚挙にいとまがない。



「――神サマって、結局のところ、何なんだろーな。してることは、俺たち人間と大差ないじゃんか」
存外に寛容な沙織の反応に驚きと安堵を覚えつつ、星矢は紫龍にとも沙織にともなく尋ねた。

「力を持ちすぎた人間──かな。転生すら、自分の意思で可能なほどの力を持った」
「その力はどこから来るんだよ」
「人間の信仰──心の力だろう」

「俺はアベルなんか信じてねーぜ」
「だから、勝てるかもしれないんじゃないか」

紫龍の言葉に力を得て、星矢が大きく頷く。


「氷河の奴、瞬に助けられてばっかりだったもんなー。いつか、自分が瞬を守ってやりたいって、野望を持ったって不思議じゃないよな」

「ええ、そうね……」

星矢の言葉に微笑もうとして、だが、沙織は微笑んでしまうことができなかった。

氷河の野望も夢も、それらはすべて、瞬が彼の側にいてこそのものなのだ。








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