だが、太陽神の聖闘士たちは、氷河の身体に触れることもできなかった。 「瞬を返せ」 目だけをぎらつかせた氷河が、彼を取り押さえようとしたアトラスたちの手を、小宇宙というよりは憤怒の力ではねのける。 「瞬を返せ」 その低い声には、しかし、感情らしいものが、まるで含まれていなかった。 怒りなどという感情すらも、氷河は既に通り過ぎた後だったらしい。 「何を言っている。見ていたのだろう。もうわかったはずだ、瞬は──」 「瞬は俺のものだ。返せ」 「愚かな」 無防備に近寄ってくるアテナの聖闘士に、神が右の手を差し伸ばす。 対して、氷河は自身を防御する気配すらも見せていない。 「駄目っ !! 」 瞬が、アベルの腕にしがみついて、彼の攻撃を阻止しようとする。 そして、瞬は、氷河に向かって叫んだ。 「氷河、お願い、出てって」 「瞬……!」 自分にとって何の価値もない人間たちが蠢いている地上など、もうどうなっても構わない。 全ての人間が滅び去ろうが、世界が破滅しようが、氷河は、もうどうなっても構わなかった。 瞬を――自分の手に取り戻すことができるのなら。 そうせずにはいられない仲間の手を、瞬は拒むというのだろうか。 氷河は、瞬の涙に濡れた瞳をじっと見詰めた。 「ここから、この神殿から出てって! お願い……!」 それは、ほとんど悲鳴に近い懇願だった。 「氷河に……氷河に、これ以上、ここにいられたら、僕、死ななきゃならないよ……っ!」 「瞬……!」 瞬がなぜそんなことを言うのか、瞬がなぜ仲間の手を拒むのか、氷河にはわからなかった。 それでも、まるで命を削って振り絞っているような瞬のその声に、氷河は逆らうことができなかった。 身体の奥底から湧き起こってくる激しい憤りと物狂おしさが、拳にたまっていく。 氷河は、その場に棒立ちになっていた太陽神の聖闘士たちを石の床に叩き伏せると、無言で、アベルの神殿を後にした。 |