「不様な……」 アテナの聖闘士の中でも最下層に位置する青銅聖闘士一人に、反撃らしい反撃を加えることもできずに叩き伏せられた自分のしもべたちを、アベルは不愉快そうに眺めやった。 それが、太陽神の力を脅かす所業なのだということに、アベルは気付きもしなかった。 瞬を奪い返そうとする不逞の輩を失意の底に沈めてやったという満足感に、彼は捉われていたのである。 目障りな3人の聖闘士たちを、手で触れもせずに隣室に放り投げると、アベルは悠然として、瞬の許に戻ってきた。 寝台の上に座り込んでいる瞬に手を差しのべて、その肩を抱きしめる。 「さあ、もう、諦めがついただろう。他の男の下であんなに淫らに乱れている姿を見せられたんだ、あの男はもう二度とおまえを取り返そうなどとは考えま──」 途端に、鋭い痛みがアベルの二の腕に走った。 神の血は、人間と同じに赤い。 瞬は、その手にガラスの破片を握りしめていた。 それは、小宇宙を燃やすことを禁じられた神の結界内で、瞬が水差しを割って手に入れた、ささやかな武器──のようだった。 「瞬……」 野の花を手折ることにさえ痛みを感じるような感受性を持った瞬の、その仕業に、アベルは瞳を見開いたのである。 「あなたは、しちゃいけないことをした……!」 「瞬……」 「氷河を傷付けた……!」 「…………」 「僕をどうしようとあなたの勝手だ。僕はそれでいいって言ったんだから。でも、氷河を……氷河に、あんな目をさせて……! 僕の氷河にあんな目をさせて……っ!」 瞳に涙をにじませて、瞬がまた、手にしているガラスの破片で、アベルの頬に赤い線を刻む。 アベルは、神にしては粗野な仕草で、その血を拭うと、瞬の細い腕を掴みあげた。 「瞬、おまえが私に敵うと思っているのか」 瞬は、それには何も答えない。 その沈黙で、アベルは、瞬の無謀が、死ぬための抵抗──神に殺されるための反逆なのだと気付いた。 「残念ながら、おまえの希望には添えない。おまえが死を望んでも、私はおまえにそんなものを与えてやったりはしない。おまえは永遠に私の──」 「僕は一生……死んでも、あなたを許さない…… !! 」 「瞬……」 世界を滅ぼそうとした神をすら許してくれた瞬が、その瞳が、今は憎悪だけをたぎらせている。 アベルは、自分が取り返しのつかない過ちを犯したことを知った。 |