アベルの結界の中にいるというのに、瞬はすぐにその小宇宙に気付いた。 熱いほどの凍気でできた、懐かしい――だが、瞬の記憶の中にあるそれとはどこかが違う、白い小宇宙。 引かれるように、あの石の庭の見える広間へと、いつの間にか瞬は向かっていた。 太陽は中天にある。 それは、こころなしか翳っているように見えた。 そして、石の庭の中央に、氷河の姿があった。 「氷河 !? 」 瞬は、驚きに目をみはったのである。 最初は、幻だと思った。 アベルの結界は、あの日以来、ますます強力になっていた。 太陽神殿の中に、氷河が無傷で入り込めるわけがない。 「氷河、どうして、ここに?」 反射的にそう尋ねてから、瞬は、息と言葉を飲み込み、俯いた。 たとえ幻としてでも、氷河がここに現れるはずがない。 たとえそれが幻だったとしても、氷河の前に立つことは許されない我が身なのだということを、瞬は思い出したのである。 「逃げるな!」 瞬は、その幻の前から逃げ出そうとし、幻のはずの氷河は、そんな瞬を引き止めた。 「逃げないでくれ、もう」 その声があまりに懐かしく、あまりに苦しげなので、瞬は彼に逆らえなかった。 恐る恐る、氷河の立つ庭を振り返る。 瞬が怖れていた糾問も非難も恨みも嘆きも、氷河は口にはしなかった。 「アベルの結界が狭まっている」 「え?」 「おまえはずっとその結界の中にいるから気付いていないだろうが、以前は禁域全体を覆っていた奴の結界が、今は――」 「この神殿だけになってるの?」 「……いや」 氷河は、なぜか一瞬言い澱んだ。 「奴の結界は……今は、おまえだけを包んでいる。恐ろしく強固だ。これ以上は、今の俺でも近づけない」 『今の俺でも』──その言葉の意味するところを、瞬はぼんやりと理解していた。 アベルの強固な結界の中にいても感じる氷河の小宇宙。 今、瞬の前にいる氷河は、以前の氷河とは全く違っていた。 その小宇宙も、そして、眼差しも。 瞬は──氷河に、一心に見詰められていた。 その眼差しは以前と変わらず、むしろ、以前よりもずっと強い何かがたたえられているというのに──不思議なことに、瞬は恐くなかった。 「奴も本気らしい」 「氷河……」 「あの男は、おまえを奪われたら、本当に、世界でも破壊し尽くしかねない」 事もなげにそう告げる氷河の前で、瞬は項垂れた。 「……僕ひとりのことで済むのなら……」 泣きそうな声で、瞬は、それでも必死の思いで、そう告げたのである。 後悔していた。 我が身を惜しむのではなく、よかれと思って為した自分の選択が氷河を傷付けたことを。 それでも。 後戻りは、もうできないのだ。 できないはずだった。 「おまえの──おまえの犠牲で得られた平和には何の意味もない。平和も、生き続けることも、希望も、みんなで痛みを分かち合って得るものだから価値がある。そうは思わないか」 できないはずなのに、幻の氷河は優しく諭してくるのだ。 間違えて進んでしまった時間を、二人で取り戻そう――と。 |