「ご……ごめんね、紫龍」


瞬は、友人の前にあられもない姿をさらしてしまったことよりも、言いたいことだけを言ってさっさとその場を立ち去ってしまった氷河のことを心配しているようだった。
「――氷河、ね、昨日からちょっとおかしいんだ」

氷河の愛撫の余韻が完全に消えていないのか、瞬の瞳はまだ微かに潤んでいる。
「うんとお灸をすえておくから、氷河のこと、怒んないでね」

「瞬……。おまえは、どこがよくて、あんな奴をそんなに庇うんだ?」
無理に抑えた声で、紫龍は瞬に尋ねた──責めた。

瞬が、まるで我が子の不品行を詫びる母親のような目をして、紫龍を見詰め返す。
「ごめんなさい、でも、怒らないで」

「俺が怒ってるのは、氷河じゃなく、おまえだ」

「あ……そうなの……? それなら、よかった……」
瞬は、紫龍のその言葉に安堵したようだった。
本当に──心を安んじたらしかった。


あくまでも氷河を案じる瞬のその様子が、紫龍に新しい憤怒の種を運んでくる。
あの蟹座の黄金聖闘士でさえ、ここまで紫龍を怒らせたりはしなかった。
だが、その怒りにまかせて、まさか、瞬を冥界送りにするわけにもいかない。
それが、更に紫龍の憤りを強くした。

「ごめんなさい」

瞬がまた謝罪してくる。

なぜ、瞬が、そこまであんな男を庇いだてするのか──好きなのか──が、紫龍にはまるでわからなかったのである。  
そして、氷河の真意も──紫龍には、理解できた気になってはいたが、納得はできていなかった。

(プライドを捨てて、氷河のどこがいいんだと、わめきたてろというのか? あんな奴より、ずっと、俺の方が瞬を大事にしてやれると駄々をこねろとでも !? )

氷河のようにプライドや自制の気持ちを捨てたなら、そういうこともできるのかもしれない。
だが、そんな不様なことをして、どうなるというのだろう。

ついさっきまで氷河に愛撫されていた瞬に、自分の方を見てくれと訴える──それは、まるで、氷河の食事の残り物をあさるような不様な行為である。

そして、だが、紫龍の中には、その不様なことをしてしまいたいという気持ちが、確かに存在していた。



結局のところ──紫龍には、そんなことはできなかったのであるが。
氷河の言う通りに、彼のプライドが紫龍の邪魔をした。






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