「氷河!」

離宮のテラスに置かれたベンチに腰を下ろし、寂れた公爵邸の庭を眺めて、何やら考え事をしていたらしい瞬は、部屋の扉の前に氷河の姿を認めると、ぱっと瞳を輝かせた。

「いつ、帰ってきたの! どうして知らせてくれなかったの!」
「たった今、帰国したばかりです。旅装を解いて、いちばんに参上いたしました」

転がるように駆け寄ってきた瞬を、氷河は両手で抱きとめた。
小柄な瞬の背は、まだ氷河の胸にも届かない。
氷河の背中にまわされた瞬の腕は、白いブラウス越しにも、か細さばかりが感じ取れるものだった。

「今度はどこに行ってたの? お話聞かせて! ああ、もう、本当に、先触れくらいくれればいいのに、氷河は僕を驚かすのが趣味なの!」
「公爵様には相変わらずお可愛らしく――いえ、少し大人びられましたか。もっとよくお顔をお見せください」

そう言って、氷河は、自身の身体にまわされている瞬の腕をほどいた。
氷河には、無防備な瞬の仕草が、そろそろ辛く感じられるようになってきていた。
この小さな少年は、大人になりかけている自分の美しさにまるで無頓着なのだ。


父を失った瞬は、昨年、12歳で爵位を継いでいた。
何の力もない名ばかりの爵位ではあったが、この小さな少年は、公式の場では国王に次ぐ身分にあることになる。
世が世なら、氷河には手を触れることすら許されない雲の上の人のはずだった。

その、本来ならば触れることも許されない瞬の頬に手を添える。
懐かしい友に――瞬は、氷河をそう認識しているようだった――再会できた喜びに無邪気に輝いていた瞬の瞳は、しかし、やがて、氷河の手の中でふっとひどく深刻なそれに変わった。

「どうされた?」
「…………」
「瞬様?」

氷河に問われると、瞬はその瞼を静かに伏せて、小さな声で囁くように告げた。
「僕がこの国の王位継承者に選ばれたら、氷河はずっと僕の側にいてくれるかしら」
「この国の? 王?」

続く瞬の言葉は、寝耳に水どころか、それは驚天動地の――あり得べからざることだった。

「僕、この国の王子様になるかもしれない」

「は?」
「国王様が、僕をこの国の王位継承者候補にご指名くださったの」
「…………」

氷河は二の句が継げなかった。






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