third step





「でも、僕は、その判決は間違ってると思う。その裁判では原告側証人の重要な証言が無視されてるもの。証人の医者が薬物について言及してるところ、裁判官に知識が無くて、検事の弁論を理解しきれないでいるみたい」

歳に似合わない瞬の碩学と分析力とに、氷河は驚きを隠せなかった。

文芸、歴史、経済、政治、明文法のない国では法律に等しい訴訟判例。
それらの分野で、瞬の知識は、専門の学者たちとでも議論できる域に達していたのだ。

「無知な裁判官にも理解できる言葉を使わなかった検事側に問題があるのです。無論、裁判官の勉強不足は許されるべきではありませんが」

瞬の知識は、机上の──あくまでも理論上の、そしてそれ故に、具体性と経験を伴わない理想と観念とで構成された知識だったが、それにしても、それは13歳の少年の知識レベルを超えていた。

「──宝石や家具は売り払ったけど、書物だけは……お父様の書き込みがたくさん残ってて、手放す気になれなかったの。もっとも売りに出しても 買い手はつかなかっただろうけど。僕、お父様のお読みになったものを理解したかったんだ。時間はたっぷりあったし、氷河のいない時はほとんど書庫にいたよ」

そう言って瞬が差し出した瞬の父の遺産には、前公爵の書き込み以外にも、瞬が調べて書き入れたものらしい小さな文字があちこちに散見された。


懐かしさだけではないのだろう。
もともと公爵家は、王家を補佐し、その存続を後見するために存在する家である。
瞬は、公爵家と父の意思を継ぐのが自分の務めと信じて、独学を続けていたに違いない。


前公爵の残した膨大な書物。
学んだところで、役立てる機会が得られるかどうかもわからないもの。
それを10歳を越えたかどうかの子供が、幼い頃に受けた基礎教育だけに頼って、教師にもつかずに読解に努め続けた──のだ。

多分、瞬は天才なわけではない。
それは、孤独な時間を耐えるためのよすがを兼ねるものでもあったかもしれない。

だが、報われないかもしれない努力をひたむきに続けられるという瞬の才能に、氷河は感嘆した。






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