心底まで見透かそうとするかのよえな瞬の凝視に長くは耐え切れず、ハーデスは瞬から視線を逸らした。
牢獄を出て、王宮に向かい、夜の庭を足早に歩き出す。

薄暗い牢獄の建物の中とは異なり、深夜だというのに、王宮は、まるで建物自体が光を放っているかのように明るく輝いていた。

「だが、公爵殿が王に屈するつもりがないのなら、話は早い。てっとり早く、すべてを解決する方法があるんだが、乗らないか」


「……どうするというの」
ハーデスの後を半分走るようにして追いかけながら、瞬は前を行く男に尋ねた。
ハーデスが、歩を止めて、瞬を振り返る。

そして、彼は言った。
「王を殺すのさ」

彼の口調は、異様に軽快だった。
だが目が笑っていない。

冗談ではないことをすぐに悟って、瞬の頬からは血の気が引いていった。

「そ……そんなことできない。人の命を奪うなんて」
「無論、実際に手を下すのは私がやる。その役を誰かに譲る気はない。ただ、私は、王に 油断ならない存在だと思われているので、あの男は私に隙を見せないんだ。君の力が必要なんだよ。誰もが油断してしまう、その非力な風情が。君が武器を隠し持って近付いてくる可能性など、あの男でも考えまい」

「――死というものがどんなものなのかわかってるの」

これほどまでに『死』という言葉と手段とを軽々しく選ぶ者。
瞬は、ハーデスが『死』の意味を知らないのではないかと思った。
母の死も父の死も、死はそのたびに、絶望にも似た虚無の時間を瞬の上に運んできた。
生きているのが苦痛に思われるほど、死は、瞬にとっては忌むべきものだったのだ。

「わかってるさ。どんな愛も憎しみも届かないところに行くということだ。あの男が死んでくれたら、私は誰も憎まずに済むようになる」
「……王様の意思はどうなるの」
「あの男の意思など、ろくなものじゃない」


生きるに値しない人間。
そんなものが、この世に存在するのだろうか。

瞬にはわからなかった。
わからないことのために、とりかえしのつかないことはできない。

「──できません」


瞬の答えを、ハーデスは最初から察していたように見えた。
そして、ひどく憤っているようにも見えた。
おそらく、その両方だったのだろう。

「なら、その身体をあの下種の前に投げ出して乞うてみるんだな。いつまで、綺麗な公爵様でいられるか、実に見ものだ」

捨て鉢に、吐き捨てるような口調でそう言うと、その場に瞬をひとり残し、ハーデスはさっさと禍々しく輝く王宮のホールの中に姿を紛らせていってしまった。 



王が、氷河の命と引き替えに瞬に求めてきたものは、爵位でも領地でもなかった。






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