そこは、狭い廊下を遮断して造ったような細長い石壁の部屋だった。 おそらくは古い時代に、王や貴族の密談を何者かが盗み聞くために作った隠し部屋。 扉自体も石でできており、城の設計図を詳細に見ないことには、その部屋の存在に気付く者とていないだろう。 部屋の中に粗末な木の椅子が一脚だけ置いてあった。 おそらく、これまで、何人もの間諜がその椅子に腰を下ろし、他人の密事を盗み聞いていたに違いない。 その部屋に氷河を押し込めると、ハーデスはいずこかに姿を消してしまった。 錠をおろされたわけでもないその部屋から、氷河が脱出を試みようとしなかったのは、最初は、へたな真似をして瞬の身にこれ以上の危害が及ぶことを避けようとしたためだった。 が、それ以上に──自分で何らかの行動を起こすことを諦めて、粗末な木の椅子に腰を下ろした途端に、その耳に飛び込んできた隣室の会話のせいだった。 石の壁のどこかに小さな穴が穿たれているらしく、隣室にいる人間の声が微かに漏れ聞こえてくる。 中を窺い見ることはできなかったが、声だけは妙に鮮明だった。 泣き声。 それは、瞬の泣き声だった。 「氷河を自由にして」 瞬の声は幼い子供──氷河が初めて瞬に出会った頃の声音に似ていた。 「それはまだできないな。王の殺害を企てた者をそう簡単に釈放したのでは、他の不穏分子への示しもつかん」 瞬が小さな叫び声をあげる。 王は嘲笑混じりに瞬を諭していた。 「人にものを頼む時にはそれ相応の頼み方というものがあるだろう。命じられる前に自分から奉仕するくらいの献身を見せてみたらどうだ。公爵は実に物覚えが悪いな」 「い……や…」 瞬の息使いまでが聞こえてくる。 それは、平常の規則正しいものではなく、ひどく荒く乱れていた。 「せめて、あの牢獄から出して……他の、どこかもっと過ごしやすい場所に──」 「よかろう。そうだな、公爵が、その手で私のこれを使えるようにしてみせたら、その願いを叶えてやってもいい」 「ど……やって…?」 「そんなこともわからないのか?」 王は楽しんでいる。 楽しんで、わざと苛立った口調になってみせていた。 「早くしろ」 瞬は命令に従ったらしい。 聞きたくもない音が──猫が皿に注がれたミルクを飲んでいるような音が──聞こえた。 「最初から素直にそうしていればいいものを。さて、褒美をやるか」 王の言葉が終わるか終わらないかのうちに、氷河のいる部屋に瞬の悲鳴が届き──だが、氷河に加えられた最も大きな衝撃は、そんな悲鳴などではなく──瞬のその悲鳴が徐々に喘ぎ声に変わっていったことだった。 隣室で何が起こっているのか──。 考えるまでもないことだったが、氷河には、それは到底考えられないことでもあった。 |