「――初めて、王宮で、騎士殿と公爵を見た時……」 狂人の瞳が、ふいに正気の光を宿す。 開け放した地上階への扉から、地下の倉の中に射し込んでくる昼の陽光を振り返り、ハーデスは懐かしそうに目を細めた。 「あの時、私は目が眩みそうになった。古い騎士物語の登場人物のように、君と公爵は――美しいだけでなく、光の中にいた。明るく健康的で、周囲の空気までが暖かかった。君たちは、私とは全く違う世界の住人なのだと思ったな。君たちふたりは輝いていた。私は、公爵ではなく、君たちふたりに恋をしたんだ」 「…………」 この男の言葉をどこまで信じていいものかと、氷河は疑った。 「可愛らしかったな、騎士殿の側にいる公爵は。大人になりかけていて、だが、大人にはなりきれていなくて、巣立ち直前の若い雛のようだった。それが、巣立つのを怖れるように、騎士殿を頼っていて、信頼しきっているのがわかった」 だが、いつも支離滅裂なこの男が嘘を言ったことだけはないことを思い出し、その事実に、氷河は少々意外の感を抱いた。 そして、この男が、ただ瞬を犠牲にしただけではないのだとしたら――本当に瞬に恋をしているのだとしたら――氷河には、それこそ許せることではなかった。 「騎士殿がまた、実に優しく愛おしむように公爵を見詰めていて――誇らしげで」 懐かしいものを語るようなハーデスの口調が、突如一変する。 「眩しくて眩しくて――憎かった。私は、闇の中から出られないのに。だから、私と同じ世界に引きずり込んでやろうと思ったんだ」 嘘ではないのだろう──おそらく。 憧憬と憎悪は似通った感情である。 その二つが、一人の人間の内に同時に存在することもよくあることなのだ。 「しかし、手強いな、光の国の住人は。あんな無体をされて、まだ王を殺せないなどと言っている。しかも、公爵は、ほとんどあの時の公爵に戻ってしまった」 ハーデスは呆れたように、そして、氷河を挑発するように、地上から射し込む光を背に受けて、そう言った。 「光……」 ハーデスの姿を縁取る晴れた午後の光が、その姿を暗く沈める。 確かに、数ヶ月前まで、瞬は光の中にいる人間だった。 瞬は、いつも光の中にいて、光よりも輝いていた。 氷河は、その隣りにいることを、ずっと望んでいた。 ──今もそうだろうか。 今の瞬を包んでいるのは、真実の光だろうか。 考えるまでもない。 今、瞬を包んでいるのは、氷河が作ったものだった。 「偽りの光だ」 そして、それは、瞬には似つかわしくない。 |