「あれは……夢じゃなかったの」

氷河が、自分のしたことを──悪夢を隠蔽しようとしたことを──瞬に告げると、瞬は蒼白になった。

「はい」
「僕は……あの夢の中の僕は僕自身だったの」
「そうです」

それは、王の暴力に屈服するかしないかということではなく、むしろ、自分自身の恥辱を恥辱として受け入れられるかどうかという次元の問題であるが故に、より克服の困難な試練ではあったのだ。

長椅子に座り込んでいる瞬の膝と、その膝の上にある小さな拳が小刻みに震えている。

「落ち着いて聞いてください」
氷河は、その手に、自分の手を重ねた。

「瞬様に罪はありません。罪はすべて私にあります」
なるべく穏やかに、それは大した問題ではないのだと言い聞かせるように、だが、現実を取り繕うことのない言葉を、慎重に氷河は選んだ。

「王は、人間の弱みを突く術に長けていた。瞬様は、弱かったから王の言いなりになったのではありません」
「でも、じゃあ……なぜ……?」

「ただの生理現象です。人間の身体はそうなるように出来ているんです。刺激を受けたら反応する。ただそれだけのこと」
「嘘……」
「嘘ではありません」
「嘘だよ! だって、僕は……!」

瞬は、言葉を途切らせて、大きく身震いした。
「そんなこと、考えただけで、今はぞっとする。あんなことされたら、僕は――」

それは事実だった。
もう一度、あの時間、あの場所に戻りたいかと問われれば、死んでも嫌だと答える。

それは嘘偽りの無い真実の気持ちだったのだが。
「僕は……」

あの時間が悪夢なのは、それがただの暴力で終わらなかったから――なのだ。

「僕は……最初は怖いだけだった。気持ち悪かった。だけど、王様が……」

あの悪夢が身体の痛みと心痛だけでできていたなら、瞬は氷河に負担をかけないために、今、微笑うことさえできていただろう。

「本当は、氷河も僕にあんなことしたがってるんだって言ったの」
「…………」
「僕、嘘だって思った。あんなこと、氷河が僕にしようとするはずがないって。なのに――」

瞬の瞳から、涙の雫が一粒、氷河の手の甲に落ちた。

「ほんとだったらどうしようって思った。思ったら、おかしくなったの。王様の手が氷河の手だったら……って、ほんの一瞬考えたら、僕――」
瞬は、それを、氷河の信頼を裏切る行為だったのだと認識しているようだった。

「それから、僕、おかしくなっちゃったの……」

だが、氷河にとってそれは、実は決して不快なだけの告白ではなかったのである。






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