「――王の言葉は本当です。綺麗事は言わない。私は、いつも瞬様を自分のものにしたいと思っていました。身体をです」

瞬は、殊更自分の罪を責めようとして言葉を紡いでいるようだった。
氷河も、自分の言葉から虚飾を取り除かざるを得ない。

「氷河……?」

「厭わしく思われますか」
「あ……」

跪いても自分より高いところにある氷河の顔を、少し怯えながら、瞬が窺い見る。
怯えの色の濃かった瞬の瞳は、自分が氷河にどう答えればいいのかを思いあぐねているようだった。
困惑と信頼と怖れと喜びと――やがて、まだ潤んでいる瞬の瞳に少しばかり羞恥の色が浮かんでくる。

「氷河なら、いい……」
呟くようにそう言って、瞬は顔を伏せた。

「氷河なら、僕は……」
それは、瞬自身が既に身をもって知っていることだったのだ。
「氷河だと思って、ずっと我慢してたの。氷河だと思えば、我慢できた。嬉しかった」

「では、瞬様を抱きしめていたのは私だったのでしょう」
「違う、僕は……。氷河じゃない。あれは氷河じゃなかった。――僕は逃げたの。きっと、怖くて、逃げたの」

瞬の罪の告白は、少しずつ甘い響きを帯びてきていた。

「そんなことはございません」
「だって、氷河が僕にあんなひどいことするはずない。あんな乱暴なことするはずがないのに」
「もっと、ひどいことをするかもしれません」

「え……?」
思いがけない言葉を聞かされた瞬が、氷河の真意を理解しかねた様子で、氷河の顔を覗き込む。

氷河自身に他意はなく、その言葉はまさに言葉通りの意味しか持っていなかったのだが。
「私は、瞬様に、王よりもハーデスよりもひどいことをするかもしれない」
「あの……」
「そんなことになったら、恐ろしいですか」


氷河の言葉の意味はまだ完全には理解しきれていなかったが、それよりも瞬には確かめたいことがあった。
何よりも大切なことだった。

「氷河、僕を嫌いにならない? 嫌いになってない?」
「なぜ、私が瞬様を嫌うのです」
「だって……あれは氷河じゃなかった……」

まだ自分を罪人にしておきたいらしい瞬の頬に、氷河が片手を伸ばす。
「……忘れてしまうことができないのなら、瞬様が錯覚することのないように教えてさしあげます。私なら、どんなふうにするのか」

「あ……」
さすがに、その言葉の意味するところは瞬にもわかった――らしい。


「あの……教えてくれる……の」
「はい」
「最初っから、全部?」
「瞬様が知りたいのであれば」
「何もかも?」
「はい」


畏怖や不安ではなく、そんなことを口にするのは行儀の悪いことなのではないかと迷っているらしく、瞬はしばらくの間、顔を伏せたままでいた。
やがて、やっと意を決したらしく、瞬は、蚊の鳴くような声で氷河に告げた。

「僕は……知りたいです」

耳たぶまで真っ赤に染めている瞬の肩を、氷河が抱きしめる。


「世界に二つとない宝石を扱うように、優しくいたします」


瞬が自分の腕の中にいる。
そのこと自体が、氷河には奇跡のように思われた。






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