迷いに支配されている瞬の頬に、ふいに春の匂いを含み始めた風が当たる。
瞬が弾かれたように顔を上げると、そこに、エリシオンで瀕死の重傷を負ったはずの星矢の姿があった。

仲間の拒絶に業を煮やして、どうやら、『面会謝絶』のプレートの貼られていない窓から、この部屋に飛び込んできたものらしかった。


「よっ、瞬。元気そうじゃん」
(あー、まだ顔色悪いなー)

「星矢……!」

「俺たちに会いたくないって? なんでだよ?」

星矢らしい屈託のない笑顔。
そして、だが、その笑顔の向こう側には、やはり、他の人間たちと同じように、言葉とは別の思考があった。

(どーせ、ハーデスに支配されて仲間を傷付けた罪悪感とか、そんなののせいだろ)

「会わないでると、かえって心配だからさ。みんなに顔を見せろよ」
(なーんで、そんなことでいつまでもべそべそ悩むかなー。時間の無駄だぜ)

「まあ、気持ちはわからないでもないけどさ。でも、ハーデスの件はおまえのせいじゃないんだし」
(氷河が爆発寸前だ。あいつ、瞬の経過が良好なんて信じてやがらないし、このままでいたら、何しでかすかわかったもんじゃない。俺は、氷河のヒステリーのとばっちりは御免だぜ)


「気持ちの……整理がつかなくて」

星矢の声と思考が、二重唱のように重なって、瞬の脳の中の耳に響いてくる。

「うん、身体の方はもういいみたいだな」
(さっさと氷河にヤらせてやれよな。そうすりゃ、あのバカのヒステリーも収まるだろ。ありゃ、ただの欲求不満だ。冥界では、まるっきりカッコつかなかったし)

「うん……。心配かけてごめんね」

瞬は、対峙する相手の声と思念を区別するだけで精一杯だった。






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