目的地があるわけでもないのに先を急ごうとする飼い犬を引きとめて、瞬は“それ”に見入っていた。 その辺りの愛犬家と犬たちの定番散歩コースになっている公園の掲示板。 その貼り紙は、確かに昨日までは貼られていなかったと思う。 「週1日、2時間で週給2万円 !? 」 つまり、時給1万、ということである。 瞬は、感嘆と溜め息の入り混じった音と吐息とを、その唇から吐き出していた。 瞬は、間もなく高校3年生になる。 両親は既になく、兄と二人暮し。 亡き両親は、持ち家と、二人の息子たちが成人するまで食べていくのに困らないほどの遺産と保険契約を残しておいてくれたが、しかし、兄もまだ学生の身、来春に瞬が大学に進学したら、家計は相当逼迫することになるだろう。 (えーと、月8万だとして、半年も働いたら入学金が出る!) 入学金どころか、それは、その仕事を1年間続けることができたなら、初年度の授業料も払えるほどの高給だった。 しかも、ほとんど勉強時間を削られることもない。 貼り紙は、白のワープロ用紙が使われていた。 職種は、私立中学入学を目指している小学生の家庭教師。 現役高校生希望。 要面接。 他には連絡先電話番号が記されているだけのB5サイズの紙から、瞬はそれ以上の情報を得ることはできなかった。 この求人の厚待遇が、冗談なのか本気なのかもわからない。 もしかしたら、面接に出向いた先で、ここには書かれていない他聞をはばかるような条件が追加されることになるのかもしれなかった。 「これ、信用できるのかな……。ポッキー、どう思う?」 瞬は、そう言いながら、自分の周りをぐるぐると走り回っている薄茶色の子犬を抱き上げた。 それはポッキーには荷の勝ちすぎた相談事だったらしく、彼はまるで返事をごまかそうとしているかのように尻尾を振りながら、瞬につぶらな瞳を向けてくるだけだった。 ポッキーはほんの数ヶ月前、この公園に捨てられていたのを瞬が拾いあげた、豆柴に似た雑種の子犬である。 瞬が最初に出会った時には、本当に痩せ細っていて、枯れ枝に似た某スナック菓子のようだった。 カシミヤのマフラーに包まれ、身体も綺麗に洗われていたので、捨てた主も可愛がってはいたのだろう。 おそらく、やむにやまれぬ理由で捨てられたに違いないポッキーは、今は、アーモンドクラッシュポッキー程度の肉もつき、可愛い盛りである。 ともあれ。 あまりに出来すぎた話だと思いつつも、瞬は、その貼り紙に記されていた電話番号を、自身の記憶域にしっかり保存したのである。 瞬は、ポッキーのエサ代も稼がなければならなかった。 |