客間の壁には、数点のシャガールが飾られていた。
他にはソファとテーブルしかない客間で、この家の主人の登場を緊張しながら待っていた瞬の前に現れたのは、金髪の男の子だった。

瞬と同い年か、一つ二つ年下だろう。
恐ろしく綺麗な青い瞳が、瞬をじっと見詰めている。
瞬は、しばらく、その瞳にみとれていた。
そして、その瞳にどこかで出会ったことがある──と思った。

「あ、こんにちは。僕は──」

彼がこの家の住人の一人なのなら、もしかしたら瞬が教えることになる小学生というのは外国人で、日本人とのコミュニケーションに難があるのかもしれない。
このバイトが語学力を必要とするものだったとして、その言語が英語以外のものであったなら、瞬にはお手上げだった。

「俺の家庭教師の面接に来たんだろ?」
「え?」

ふいに、その少年は流暢な日本語で尋ねてきた。
どこから何をどう見ても日本人には見えない少年の口から出てきたのが、発音にもイントネーションにも外国訛りのない日本語だということよりも、瞬は、彼が口にした言葉の内容にこそ驚いたのである。

私立中学を目指しているというのなら、瞬の教え子は小学校6年生になったばかりか、それよりも下の学年の児童のはずである。
だが、今、瞬の目の前に現れた金髪の少年は、背丈も瞬と大して変わらない。
彼が自分より年上だと言われていたなら、瞬は信じていたかもしれなかった。

瞬の驚きを気にとめた様子もなく、彼はその青い瞳を傲慢そうにすがめて、先を続けた。
「親父には俺が勝手に決めていいって言われてるから、いいよ、おまえで」

「あの……貼り紙にあった条件は……」
「あれじゃ不足か? もう少し出してもいいぞ」
「……いえ、あんまり好条件なんで、何か特別な技能が必要なのかと思ったんですけど──」
「別に。あれが普通なんじゃないのか?」
「相場の10倍です」

瞬は、彼が自分より6つは年下の子供と知っても、小学生に対する言葉遣いで彼に接することができなかった。
知ることと、信じること──信じられること──は、別物である。
知っても信じることができなかったのである。
瞬には、彼が小学生だということを。

「どーでもいいよ、そんなこと」
「…………」

彼の傲慢な態度と口調に接しているうちに、最初に瞬の胸に浮かんだ不思議な既視感は霧散していた。
どこかで出会ったことなどあるはずがない。
こんな、小学生らしからぬ小学生に。
会ったことがあるのなら、忘れたりなどしないはずだった。


ともあれ、瞬は、毎週火曜日夕方6時から2時間、その小学生とも思えない小学生の家庭教師を勤めることになったのである。

彼──氷河という名だった──の保護者は、結局、最後まで顔を見せなかった。






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