翌週、瞬が氷河の許を訪ねた時、彼の挨拶は『こんにちは』ではなく、オトナのキスだった。 1週間の時間をかけて、それが氷河にとってはただの挨拶にすぎないのだと自身に言い聞かせた後ではあったが、それでも、瞬の心臓は冷静ではいてくれなかった。 無理に平静を装い、勉学に勤しむために、氷河の勉強部屋に向かう。 しかし、勉強をするための机に陣取るなり、氷河が瞬が突きつけてきた質問は、 「瞬、セックスってどうするの?」 ――だったのである。 まさかもしやと思いつつ、怖れつつ、瞬は、この生意気で早熟な子供の口からその質問が発せられる可能性を考えていないでもなかった。 むしろ、大いにありえることだと思っていた。 無論、瞬は、彼にそんなことを教えるつもりはなかったが。 ――教えられる知識も経験も持っていなかったが。 「し……したことないから、わかりません」 その時にはきっぱりと質問に答えることを拒否するのだと自身に言い聞かせていた瞬だったのだが、どうしても言葉が流暢に出てこない。 平静を装いきれていない瞬を見て、氷河は小さく笑った。 「瞬、奥手なんだな、高校3年生にもなって」 「わ……悪かったね!」 「いいや、ちっとも悪くない」 「え?」 氷河の笑みは、決して、自分より年上の者をやりこめたことを喜ぶものではなかったらしい。 彼は、もう一度嬉しそうに笑うと、掛けていた椅子から立ち上がり、自分の指定席に腰掛けようとしていた瞬の動作を遮った。 瞬を抱きしめ、その頬に頬擦りすることで。 「俺、瞬のそういうとこ、好きだもん」 「あ……」 先週ほどの驚きはないとはいえ、これでは授業にならない。 瞬は、自分の背にまわされている氷河の腕をほどこうとした。 「氷河、あの……こういう挨拶は、日本ではね──」 「俺が教えてやるよ。瞬のために予習しといたんだ」 「え?」 氷河が予習しておいたそれがセックスのことだとわかった時には、瞬は厚手の絨毯の上に引き倒されていた。 何がどうなってそうなったのか、瞬にはまるで訳がわかっていなかった。 というより、瞬は、信じることができなかったのである。 自分の置かれている状況を、現実のことだとは。 |