氷河は優等生だった。

瞬が彼の許を訪れると、まず、1週間分の満点のテスト用紙が瞬に手渡される。
予習復習も怠りないらしく、科目が何であれ、難易度がどれほどであれ、彼は、瞬が出す問題を必ず全てすらすらと解いてみせた。

「はい、これで終わり。答え、合ってるだろ?」
「うん。すごいね……」
氷河の学力は――学力だけは――到底、小学生のそれではなかった。
瞬は、彼がケアレスミスを犯す場面にすら一度も出合うことがなかった。

瞬に褒められて、得意げな顔を見せるところは歳相応にも思えたが、続く言葉が小学生のものではない。

「瞬に褒めてもらいたくて、いっぱい勉強したんだ。さ、瞬、寝よ」
「…………」

氷河は、その行為に、罪悪感を抱くことはおろか、不自然とも奇異とも思っていないようだった。
「俺、面白いやり方見付けたんだ。瞬をすごーく気持ち良くしてやれる技」
まるでゲームを楽しむかのように気軽に、氷河は瞬をその行為に誘う。

「氷河……」
氷河に逡巡がなければないだけ、瞬の方が良心に呵責を覚えることになった。

これが異性間でのことで、氷河と瞬の関係が生徒と家庭教師でなかったら、まだ瞬の罪悪感もこれほど深刻なものにはならなかったかもしれない。
否、同性同士のことでも、生徒と家庭教師でも構わない。
せめて氷河が成人していてくれたなら、瞬は――瞬も、氷河と共にその行為を楽しめていたかもしれなかった。

瞬は、自分が小学生に悪いことを教え込んでいる――実際には、瞬は、教えられる側に立っていたのだが――ような気がしてならなかったのである。

「ほんと、絶対だって。瞬は感じやすいから、また失神しちゃうかもしれないぞ。なっ、試してみたいだろ?」
楽しそうにゲームのスタートボタンを押そうとしている氷河に、瞬が何も答えずにいると、氷河は不安そうな目をして、瞬の顔を覗き込んできた。

「瞬……やなのか? 俺、瞬のために勉強したのに」
張り切っていた小学生が、しょんぼりと肩を落とす。

瞬が最も怖れているのは、もしかしたら、彼の『好き』が錯覚であること――だったかもしれない。
ゲームを楽しむ風情の氷河が口にする『好き』という言葉の軽さが、瞬を不安にした。

それでも――。

「ううん……どんな?」
そう尋ね返してしまう自分を、瞬は、馬鹿だと思っていた。

氷河の感情は赤裸々で、少なくとも、今、彼の心と欲望はまっすぐに瞬に向けられている。
落胆も喜びも、氷河は瞬に隠そうとはしなかった。
そして、瞬は、氷河の悲しそうな顔は見たくなかったのである。

瞬に問い返された氷河の青い瞳が、ぱっと明るく輝く。
「あっ、あのさ! ○道◇逆△攻めって言ってさ、絶対気持ちいいんだって」

そんな単語を、瞬はこれまで聞いたこともなかった。
氷河が自分に何をしようとしているのか、まるで想像できない。
それでも、瞬は、氷河の誘いに頷いた。

「うん……」






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