「僕が毎週氷河のところに行くのは、代償を貰うためじゃなくて――」 瞬は、深呼吸を一つした。 認めるのも、言葉にするのも恐ろしかった。 しかし、それは、言わずにいられることではなかったのである。 だから、瞬は言った。 「僕が、氷河を好きだからだよ」 ――と。 瞬の告白を聞くと、氷河は一瞬きょとんとした顔になった。 彼はどうやら、自分が瞬を好きなことに手一杯で、瞬に愛し返されることなど考えてもいなかったらしい。 「え……じゃ……じゃ、あの、瞬は、バイト代払わなくても、俺のとこに来てくれるのか? 俺といてくれる?」 「……氷河がそうしてほしいのなら」 それが答えだった。 瞬が、無意識のうちに考えまいとしていた唯一の。 瞬の答えを聞いた氷河が、ふいに、ヒールのせいで瞬より10センチも高いところにある顔をくしゃりと歪ませる。 氷河はひどく嬉しそうに――泣きそうな顔をしていた。 「えへ」 子供らしい仕草で、目と鼻の頭をごしごし拭うと、氷河は自分の泣き顔を隠すためなのか、突然不思議な話題を持ち出した。 「瞬、去年の冬、犬拾ったろ?」 「え?」 「あれ、俺が置いた犬だったんだ。駅前のゴミ箱に捨てられたのを、綺麗にして、マフラーにくるんで、エサつけて、あの公園に移動させといたんだ。うち、犬飼えないから。親父が嫌いなんだ。前に庭で内緒で飼ってた奴、俺が学校行ってる間に、保健所に連れてかれちまったことがあって――」 「犬……ポッキーのこと?」 瞬がポッキーを拾ったのは、彼が氷河の家庭教師になる1ヵ月ほど前のことである。 その時、瞬は、氷河という子供の存在すら知らなかった。 「誰かが拾ってくれるのを、隠れてずっと待ってたんだ。何時間も、誰も拾ってくれなかった。最後に瞬が来た」 氷河は、では、以前から瞬を見知っていたのだ。 「瞬のあとをつけて、瞬の家の場所覚えて、毎日通った。瞬があいつを可愛がってくれて、あいつが元気になっていくのが嬉しくて、あいつと瞬の散歩、毎日追いかけた」 「ポッキーがそんなに心配だったの? 氷河、優しいんだね」 自分が恋した相手が優しい心を持っていることを知って喜ばない人間はいない。 瞬は、だから、氷河の行為が嬉しかった。 が、ほんのりと瞬を微笑ませた彼の嬉しいという感情を、氷河は至極あっさりと否定してくれた。 「瞬は時々、ものすごく馬鹿だな。俺が優しいはずないだろ。俺は、あいつより、瞬の方が気になるようになったんだよ!」 そんなこともわからないのかというように瞬を怒鳴りつけてから、氷河はぽつりと呟いた。 「瞬に抱っこされてるあいつが羨ましかった……」 瞬は、この時になって初めて、自分が氷河の瞳に既視感を覚えた理由に気付いた。 冬の寒い公園で、自分を愛してくれる人を求め、か細い声で鳴いていた捨て犬の目に、氷河の青い瞳は酷似していたのだ。 「瞬、散歩の時、お金がないって、あいつにボヤいてただろ。少しでも自分で稼ぎたいって。だから、俺、瞬の目につくとこに貼り紙して、瞬が俺んちに来るように仕向けたんだ」 「……氷河……が……?」 この青い瞳の捨て犬は、しかし、ただ拾われるのを大人しく待っているだけの小犬とは訳が違うらしい。 何という計画性と行動力、そして無謀だろう。 とても、そんじょそこいらの小学生のすることとは思えなかった。 「瞬、ほんとにいいのか? バイト代払わなくても、俺に会いに来てくれる?」 「うん」 小学生らしからぬ小学生は、だが、どこかが素直なままの子供だった。 不安そうに念を押してくる氷河に、瞬が頷く。 途端に、氷河の青い瞳は明るさを増した。 瞬の確約を得ることができたなら、無意味な就労は時間の無駄と言わんばかりにてきぱきと、氷河は自分の首を締めあげていたネクタイをほどいてみせた。 「じゃ、この靴と服、返してくるな。向こうもヤバい橋渡ってるのは承知の上なんだし、すぐ辞められるさ」 本当に、呆れた判断力だった。 |