瞬は、そして、その夜、悪魔の言葉と氷河が望んでいたことを知ったのである。 悪魔にもらった子犬は、瞬の眠るベッドの足許にうずくまっていた。 その家に、人の気配はない。 瞬は、誰かに名を呼ばれたような気がして、深夜、ふいに目を覚ました。 窓の外では、相変わらず、白い悪魔が狂ったような笑い声を響かせていた。 突然、小さな犬の影が、白い雪明かりを受けて膨らみ始める。 まるで、ファウスト博士の研究室に犬の姿で潜り込んだメフィストフェレスがその本体を現した時のように、それは大きくなり、だが、悪魔ではなく人間の姿になった。 そして、その人間の姿をしたものは、野生の犬の本性に駆られたように、瞬に飛びかかってきた。 「氷河……っ!」 瞬の声は、氷河のすがたに変わった“それ”の唇に遮られた――というより、噛み切られた。 その氷河の姿をしたものが、噛みつくようにして、瞬が身にまとっていたものを剥ぎ取り、瞬の身体にのしかかってくる。 その姿は、氷河そのもので、氷河と同じ色の髪、同じ色の瞳をしていた。 だが、何かが氷河とは違っていた。 悪魔は言っていた。 これがおまえの氷河、無駄な抵抗を取り除いた氷河だと。 それは、表情も言葉もなく、目だけをぎらつかせていた。 氷河はこんなことを望んでいたのかと、瞬が訝った途端に、氷河の手が瞬の身体を開いた――脚を広げた。 「やっ……!」 瞬があげた小さな抵抗の叫びは、窓の外の白い悪魔の嘲笑にかき消された。 氷河の姿をしたそれが、そして、それこそ犬のように、瞬の身体に舌を這わせ始める。 「あ……っ!」 悪魔との契約を守るのなら、それのすることを拒む権利は瞬にはない――はずだった。 抗する権利を有していたとしても、瞬にそうすることができたかどうかは、甚だ疑問ではあったが。 自分にのしかかっているものが氷河なのかどうか、氷河の意識と心を持つものなのかどうかは、瞬にはわからなかった。 それは、発声機能を持たない、外見だけが精巧な作りのロボットのようでもあった。 だが、それがロボットだったとしても、瞬の羞恥を抑えることはできなかったろう。 目を除けば冷静そのものの氷河の舌が、まるで数日振りに捕まえた獲物を貪るように、音を立てて瞬を舐めまわす。 「やだ、やめ……」 瞬には、どくどくと自分の身体の中を流れる血液の音が聞こえていた。 頬が真っ赤に染まっているのがわかる。 「氷河、やだ……!」 身体を捩るようにして脚を閉じようとした瞬を、氷河が手の平で遮る。 その手の熱い感触に、瞬はびくりと身体を震わせた。 瞬のその様を見た氷河が、まるで敵の弱点を見付けた将帥のように、すかさず、瞬の身体の中心に這わせていた舌を、瞬の内腿に持ってくる。 「ひ……っ」 瞬は掠れた悲鳴をあげた。 氷河は、しかし、そんなことは意に介した様子もなく、執拗に、そこを舐め続ける。 「氷河、だめ、やめて、僕……僕、ああ……っ!」 おそらく瞬の身体の中で最も白く最もやわらかい部分は、次第に赤く染まっていった。 氷河の舌と唇に舐められ、吸われ、歯を立てられるたびに、瞬の身体は硬直し、痺れ、そして、やがて、瞬は自分自身を見失っていった。 瞬には、氷河のすることに抗する術がなかった。 氷河が、瞬の身体と精神にもたらすものは、麻薬など及びもつかないほどに強烈な愉悦と陶酔だった。 人が睡魔に勝つことができないように、死に抗うことができないように、瞬はその力の中に沈み込んでいった。 |