日本まで、白い悪魔のくれた小犬は、瞬についてきた。
瞬は、それを、自分の側から離すことができなかった。

無垢な目をした小犬に、
「陽が沈んだよ、氷河」
――と、夜の訪れを告げる。

“氷河”は、それを合図に人間の姿を取り戻し、だというのに――人間の姿になったというのに――野生の犬の本性を剥き出しにして、瞬に飛びかかってくるのだ。

「ああ……っ!」
また、あの、気が狂いそうな長い夜がやってくるのだという恐怖と期待に身を震わせて、瞬は氷河の前に我と我が身をさらけ出す。

瞬は、時々、自分を飢えた獣のように食い散らかす“それ”が、氷河ではなくて、あの悪魔のような気がしてならなかった。

だが、それは、氷河の瞳と同じ色の瞳を持っている。
夜が近付くと、瞬の身体は、彼が与えてくれる恐怖と快楽を求めて疼き始める。

刺すような、その目。
犬というより、狼のような、牙と爪。

氷河に抱かれるのは、肉だけでなく骨まで食い尽くされているような――この世界に生まれ落ちる以前の無に還るような陶酔を、瞬に運んできた。

「もう、やだ、気が狂う……!」

そう叫びながら、こんな狂気に翻弄される夜が続くくらいなら、いっそ殺してほしいと願いながら、瞬は朝を迎え、だが夕暮れが近くなるともう、少しでも早く夜のとばりがおりてくれることを願う。


――そういう日々を、瞬は過ごしていた。






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