瞬は、夜を待った。
ひどく切ない思いで、夜の訪れを待った。

瞬は、少しでも早く、氷河にヒトの姿に戻ってほしかった。
自分に懐いている従順で可愛い小犬ではなく、氷河の、ヒトの姿とヒトの言葉とを、瞬は求めていたのである。



だが、夜が来て、ヒトの姿を取り戻した氷河は、瞬の意思と心を無視する氷河だった。
星矢たちの言葉を聞いてたはずの氷河は、仲間たちの顧慮を気にかける様子もなく、いつもの通りに、瞬を抱きしめてくる。

「氷河、僕、どうすればいいの。氷河はどうしたい? どうしてほしい? 教え──」

瞬の声を聞く耳と、瞬の言葉を解する知能と、瞬に答えを与えることのできる唇を持っているはずの氷河は、瞬に従順な小犬ほどにも、瞬の困惑を汲みとってはくれなかった。

ヒトの姿に戻った氷河が、瞬を抱きしめるや、ほとんど間をおかずに、瞬の身体を変化させるための作業に取りかかる。
そして、それは、愛撫ではなく、瞬が自分を受け入れられるようにするための手順に過ぎなかった。

「氷河、今はそんなことやめて、僕の話を聞いてよ……ん……っ!」
だが、その、ただの手順が巧みに過ぎる。

瞬は、絡みついてくる氷河の指を避けようとして身をよじった。
が、そこには氷河のもう一方の手が待ち構えていて、難なく瞬を捕まえてしまった。
一度捕まってしまったら、もはや瞬に逃げる術はなかった。
そのままうつ伏せにさせられた瞬は、シーツと瞬の間で蛇のように動く氷河の指先に、意識を弄ばれることしかできなかった。

「ひょ……が、僕の話、聞いて……。僕、ど……すればい……のか……あぁん……っ!」

氷河は、瞬の言葉には耳も貸さずに、瞬を刺激し続ける。
そうされても、瞬は、氷河に対して嫌悪や憎悪の感を抱くことはできなかった。
実際、氷河の意図する通りに瞬の身体は変化し、それは当然のごとくに快の感情と快の感覚を伴っていた──のだが。

同時に、瞬は悲しかった。

耳元を、氷河の荒い息の音が掠めて過ぎる。
氷河自身も、熱を持ち始めていた。

氷河の愛撫に耐えかねて、身体を浮かそうとするたびに、彼の体重で、瞬はシーツの中に押し戻された。
間もなく、氷河が、自分の中に入ってくることがわかる。
氷河に、自分の言葉を無視され、都合のいい反応を示す玩具のように扱われ、そのこと自体は悲しみながら、それでも、瞬はその時を待ち望んでいた。

姿だけヒトの姿に戻った氷河は、そんな自分の気持ちに気付いているのだろうか──と、瞬は、無理に考え始めた。
氷河を待ってたぎり始めた自身の身体を抑えるために、懸命に。
そうでもしなければ、氷河を待ちきれずに、瞬は、そこに自分の手を伸ばしてしまいそうだったのだ。

氷河が望んでいたのは、本当にこういうことだったのだろうか──と瞬は思った。
自分が望んでいたことは、四六時中あの小犬を抱きしめていることだったのだろうか、と。

「氷河……早く……」

瞬が望んだことは、氷河を自分の側に置き、自分だけを見ていてほしいということだった。
氷河が望んだことは、抑制に働く自分の意思を放棄し、瞬を自由にすることだった。

その二つの望みは、昼の間と夜の間、それぞれが完璧に叶えられていた。

「早くして……でないと、僕……」

それで、うまくいってた。
瞬は、氷河に犯されることが心地良く、屈辱ではなかった。
氷河はどうだったのだろう。
小犬の姿で瞬に抱かれている時、氷河は案外、瞬にそうされることを楽しんでいたのかもしれない。

氷河にとって、昼は夜の代償で、瞬にとっては、夜が昼の代償であったはずなのに。

「氷河……っ!」
瞬の胸が夜の空気にさらされる。
そして、瞬は身体を開かされた。
獣のような夜の氷河は、なぜか獣のように交わるのが嫌いらしかった。

ふいに、瞬は、自分の身体が人間の次元に引き戻されたような気がした。






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