それでも、昼間の陽光を耐えていれば、やがて夜は訪れる。
夢の中で氷河と会う日が続き、その中で、氷河は少しずつ胡人たちのことを語ってくれた。


“胡人”は、本来、『西域から来た異国の者』という意味なのだが、氷河は、西域というよりは漢の北方の国に生まれたということだった。
北の国の冬は厳しく、暖かい土地、冬場に凍らない港を求めて、氷河たちは南下してきた。
彼等には、侵略の意図はなく、ただ彼等の故郷である北の国と暖かい漢の国を自由に行き来することを認めて欲しいだけだったのだが、自国以外の民を野蛮人とみなす漢人たちは、それすらも許そうとしない。

「俺たち北方の民は、暖かさと交易の場を求めているだけなんだが、漢人は呆れるほど頑固な矜持を持っている。漢人がさほど優れた民族だとは思えないんだがな、俺には」
そうぼやいてから、氷河は、
「おまえは別だぞ」
と、真顔で付け足した。

氷河たちの望みは、漢の国益を損ねるものではないように、瞬には思われた。
少なくとも、瞬の目に、氷河は野蛮人にも侵略者にも映らない。

漢は確かに大国である。
しかし、代々の皇帝の贅沢がたたって国庫は疲弊し、皇帝の力が直接及ばない地方官吏たちは、皇帝の命すら平気で無視する。
思いあがった彼等が、より以上の富と権力を得ようとして、呉楚七国の内乱を起こしたのは、ほんの2年前だった。
前帝は、まさに一命を賭して、なんとかその乱を平定したが、それでもまだ国内の反乱分子が一掃されたわけではない。
国内の軍も、すべてが皇帝に服しているとは言い難いのが現状だった。

「僕なら、変な自尊心は捨てて、氷河たちと手を結びます。自ら敵を増やすなんて無意味なことだし、胡軍が皇帝の側に立つことになったら、都から離れた地方にも皇帝の目があることになって、私利私欲のために乱を起こそうとする者たちも慎重にならざるを得ないでしょうし」

兄なら、それくらいのことはわかっているはずだと、瞬は思った。
だからこそ、2ヶ月前の遠征でも、胡軍を深追いすることなく、皇帝の軍は早々に都に帰ってきたのだと、胡人の目的を知った今の瞬には察することもできた。

反乱の時を虎視眈々と狙っている自国の官吏たちよりも、友好的な異国の民の方が、今の漢の国には有益である。

なのに、なぜ、兄帝はそのための行動に出ないのか――。
瞬は、むしろ、その方が不思議だった。


「瞬は、あの皇帝より、はるかに賢明だな。いっそ、あの頑固な皇帝を倒して、瞬をこの国の帝に据えてしまいたいくらいだ」
笑えない冗談に眉を曇らせた瞬を、氷河はその手で固く抱きしめた。



それまで、それでも国境を侵そうとはしなかった胡の軍が、漢の国境を越えたというという話を、瞬が女官たちから聞いたのは、瞬が氷河と夢での逢瀬を持つようになってから、半月も経った頃だった。





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