「胡の軍が動き出したと聞きました。氷河は、もしかして、その中にいるの?」
「恐がらずに待っていてくれ」
「待っていれば、会えるの?」
「俺が、漢の軍に捕えられたりしなければ」

「氷河……」
氷河のその言葉に、瞬は、ひどく複雑な気分になった。

氷河には会いたい。
しかし、胡人の軍が攻めているのは、瞬の兄の治める国の軍隊なのだ。

侵略の意図はないという氷河の言葉は、胡軍の全体意思なのか、そして、それは、漢の皇帝に知らされているのか――。
瞬には、そんなことすらわからない。
王宮の外のことをほとんど知らされていない瞬には、ただ氷河の身を案じることしかできないのだ。
そんな自分が、瞬はもどかしくてならなかった。

何もかもが不安で、瞳を曇らせた瞬に、氷河があまり深刻そうでない微笑を向けてくる。
「大丈夫だ。あんな能無しの軍に、この俺を捕えられるはずが――ああ、おまえの国の軍隊だったな」

瞬は、氷河のその言葉を聞いて、大きく横に首を振った。
「軍隊なんて能無しの方がいい。戦いは嫌い」
瞬の父もそれで亡くなった。
その時の敵は自国内の反乱軍だったが、1年に渡って続いた内乱が多くの犠牲を生んだことだけは、瞬も知っている。

「――戦いは嫌い、か……。だが、俺はおまえに会いたいんだ」
「僕だって……でも……!」

それは、戦いなど起こさなくても叶えられる“夢”のはずである。
そうではないのかと氷河に訴えようとして、だが、瞬はそうすることをやめた。

漢の民が、他国人を野蛮な侵略者とみなしている限り、異質な者たちの侵入を、瞬の国は拒否し続けるだろう。
その矜持の壁を打ち壊すことは、戦いという方法をとらない限り、長い時間を要することなのに違いない。
そして、瞬は、少しでも早く、現実の氷河に会いたかったのである。

それは、氷河も同様だったらしい。
「会いたいんだ」

「…………」

それがただ一つの望みだと訴える氷河に、瞬は、言うべき言葉を見つけることができなかった。
王宮の奥深くに住み、外の世界のことはほとんど知らされていない子供には、何の力もないのだ。





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